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『沈黙』 日本人の沼的心性とは相容れないロジカルさ

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結論から言うと、あまりのめり込める作品ではなかった。
『沈黙』をアメリカ人が映画化したら、もしかしたらこうなるかな?という危惧通りの作品ではあった。
何故ならこの作品は、とてもロジカルに「ロドリゴがいかにして転ぶ(=棄教する)に至ったか」を説明してしまっていたからである。
この明晰さ、ロジカルさこそ、日本という土壌に相応しくないものの正体ではないのか。

「日本は沼地だ」。
これは、日本がいかにしてキリスト教が根付かないものであるかを一語で説明した、この作品中もっとも重要な一言だ。
この言葉「沼地」の使い方は、昨今の人がネット上において使うような「ハマり込んで抜け出せない」という意味では無論、ない。
良い土壌ではなく、草木が立派に伸び伸びと成長することの出来ない土壌、という意味である。
真っ直ぐに根を張り陽の光を浴びて、立派に幹を作り葉を茂らせることの出来ない「沼地」。

踏み絵は、『ガリヴァー旅行記』の中でも描かれている。異国の“有り得ない儀式”として、長崎の名すら出てくる。
キリスト教信者にとってはおそらく、これほど酷い迫害を受けたことはついぞ無いような、生き地獄のような儀式であり、衝撃的なものに感じたに違いない。

ロドリゴ達宣教師が見た日本人の信じる“キリスト教”に、自分達が伝えようとしていたはずのキリスト教とは、何か違うものとして伝わっているのではないか。こうした予感は次第に大きくなっていくのだが、これらはさり気なく描かれている。
まず初めに、塚本晋也演じるモキチ(彼はもはや日本を代表する演技派と言ってもいい、とても素晴らしい演技!)が「宣教師は居ないが、村にはジーサマが居る」。この言葉、「ジーサマ」の響きが「ジーザス」に似ているということに自分は気づき、ハッとした。それは、五島(ゴトー)がGodに似ているのと同様だった。
そして、モニカ(小松奈々)とジュアン(加瀬亮)がひたすら夢に見ている「パライソ」という都合の良い天国。アダム・ドライバー演じる宣教師のガルペは、これを聞いてハッキリと嫌悪感を表してしまう。
それから、心の中の信仰を強く持つことよりも、何か目に見える信仰の対象(ロドリゴの藁で作った十字架や、ロザリオの数珠など)を欲しがること(=偶像崇拝を思わせる)。

長くひたすら苦しみの続く物語の中で、それでも見応えがあるのは、アンドリュー・ガーフィールドの繊細な演技による、ロドリゴの心理の変遷だった。
彼は本当に徳の高い人物に見えた。心が強く真っ直ぐな人物であり、ひたむきな純粋さがその目にみなぎっている。
『ボーイA』の時に彼の演技には心底感動させられ、以来ずっと注目してきたけれど、彼の美しさと演技には磨きがかかっているように思えた。

この先ネタバレ


ロドリゴは天性の神父であったからこそ、キチジローという男の弱さを許すことが出来たのだろう。
モキチと頭で抱き合い、魂で会話しているかのような真横からのショットがあるが、モキチはロドリゴの心に強く残る、一番模範的なキリスト教徒だった。
自己を犠牲にする強さを持ち、波にさらされる死刑の時にすら、自分のことではなく爺様を気遣うモキチ。
彼の手製のロザリオを最後まで手にしていたのは、彼の信仰に嘘偽りの無いものを見たからであり、そのモキチの姿こそが心の支えだったのだ。

そしてモキチとは正反対であり、ユダを思わせるキチジローを真に許すことが出来た時(モキチに対すると同じ頭を突き合わせたショットで、彼の心の瓦解を思わせる)、ロドリゴはキリストに最も近づく存在になっていたと言える。

最後の方は蛇足であったと思う。“スコセッシの”理解する『沈黙』を示すものになっていた。
アメリカ人ならではのロジカルな物語に、“納得”させられる。
遠藤周作の『沈黙』に学生時分に感動した自分には、このロジカルさはちょっと頂けない。

でも、外国に住むキリスト教徒から見たらどう映るんだろう?

 

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コメント(9件)

  1. とらねこさん☆
    日本へ伝わったキリスト教が、微妙に違った形へ変化していったのと同じように、遠藤周作の作品はスコセッシ監督の手によって違う形で租借され伝えていかれるのかもしれないね。
    全ては受け手の気持ちによって、解釈の違いが生まれてしまうという事なのでしょう。

  2. 私もラストシーンの、ロドリゴの手の中に握られていたものを写したシーンは
    蛇足だと思いました。
    あれは原作にはないんですよね。
    どちらにしても重い作品でしたが、、、

  3. 私もラストシーンの、ロドリゴの手の中に握られていたものを写したシーンは
    蛇足だと思いました。
    あれは原作にはないんですよね。
    どちらにしても重い作品でしたが、、、

  4. とらねこさん、こんばんは。
    詳細忘却ですが原作はもっとうやむやだったかと。
    キチジロウは遠藤周作の姿ですね。
    彼の信仰関連ものは最後まで信じきれなかった彼自身の
    “ゆらぎ”であり人間の限界を見つめたものと私は思うの。
    インタビューで、棄教ではなく「転ぶ」という言葉に
    スコセッシはこだわっていましたね。
    人は転ぶけれど起き上がるって・・
    遠藤周作の世界とちとちがう気もするけれど
    まぁまぁの良作ではないかと。

  5. ノルウェーまだ〜むさんへ

    こんばんは。お返事が大変遅くなり申し訳ありませんでした!!
    しばらく不在にしておりました…。本当にすみません。

    遠藤周作の描いたことが、スコセッシの解釈を得たことで形を変える、仰るとおりだと思います。
    映画化にまつわる原作厨のアレコレだと思われると嫌なのですが、海を渡って伝わるものが何かこぼれてしまう感じは感じました。

  6. zooeyさんへ

    こんばんは。お返事が大変遅くなり申し訳ありませんでした!!
    しばらくブログを放置してしまっておりました。…以降、気をつけます><

    そう、ラストシーンはありませんよね。
    あのショットはスコセッシ監督の解釈であり、付け足しの部分ですね。
    ただ、私としましては、映画化する際に原作通りではなく自分らしさを付け加えるのは決して問題だとは思わないのです。
    むしろ映画的な終わり方だと思ったりもします。

  7. vivajijiさんへ

    こんばんは、お返事が大分遅くなりまして、あいすみません!

    キチジロー自身に遠藤周作が自分を重ねていたこと、仰るとおりだと思います。
    彼自身の揺らぎであり限界。私も同じような見方です。
    そしてそんな彼の姿に、日本人らしさや自分を重ねて読んだものです。

    ああ、NHKでの特集ご覧になったのですね。
    アメリカ人の遠藤研究者による文学解説、面白かったですね。
    「ころぶ」という意味は英語の「棄教する」とイコールではない、と言ってましたね。
    「七転八起き」のように、「ころぶ」には起き上がるという意味も含んでいると。
    あれを聞いて、はあーなるほどと納得しましたです(笑

  8. こんにちは

    わたしはクリスチャンといってもカトリックではなくプロテスタントですが,実は原作は未読です。そうですか~かなり忠実に映画化とはいえ,あのラストのシーンは創作なんですね。
    あの時代は村人たちは聖書を読めるはずもなく,教義も日本人が理解しやすいように脳内変換されていたでしょうね。そもそも日本人の気質や土壌には一神教は無理だとは思っています。
    私自身はキチジローに近い信仰なので,彼の気持ちはとてもよくわかりました。
    スコセッシさんはカトリック?でも彼の過去作品「最後の誘惑」なんかも冒涜だと騒がれましたよね。あれも大好きな作品なのですが・・・

    原作も購入しました。これから読んでみます!

  9. ななさんへ

    こんばんは。大分お返事が遅くなって、本当に申し訳ありません。
    ちょっと冬眠しておりました。。

    原作はもう読まれましたでしょうか。
    ブログに書かれてらっしゃるかな。近いうちに必ず遊びに行きますね!

    クリスチャンの人の感想なら、きっとひと味ちがうものになりそうですね。
    楽しみにしています。




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