『湯を沸かすほどの熱い愛』 生の精算と最後に残るもの
一言で言えば、宮沢りえの存在感があってこそ成立する作品かもしれない。これまでのどの作品と比べても、彼女の女優としての素質が十二分に発揮されていると感じた。
普通に佇んでいるだけでどことなく消え入りそうな、透明感のある存在。そんな役柄がとても良くハマる。ただ美しいだけではなく、もうすぐこの世界から消えてしまいそうな天使。“瀕死の白鳥”とでも言うべきか。美という一言では言い表せない、死兆星煌めく不吉な美しさ。
ただの美人には到底出来ないかもしれない。愛情深くて、度量が深くて、眩しい。そして、同時に悲しい。女性の深い業を負わされた集合的な女性美。そんなものを体現していた。
ダイエットする必要などまるでなく、そのまま余命2ヶ月がやれてしまう細さも凄い。
何とこれが中野量太監督にとっては初のメジャー作品だとか。オリジナル脚本で勝負するタイプの作家性のある人のようだ。
名前は目にしたけれど、タイトルが変なのでついスルーしてしまった『チチを撮りに』も見てみたい。
主人公双葉の人となりや重要な背景について、少しづつ明かされていくところがいい。ナレーションや回想によってではなく、自然に物語が進む中で分かってくる。こういうのがたまらないんですよ。説明的すぎる台詞が無いにも関わらず、映画的に与えられるヒント。
彼女が言う「これからやるべき事がいっぱいある」、これをはじめは不思議に思う。ただの主婦が、何をそんなにやるべき事があるの?なんて。そして、後から申し訳なく思う。一介の平凡な女が、旅立ちの前に自分の生を精算すること。それらについて、一体誰が軽んじる事ができるだろう?
脚本がとてもいいんですよね。タイトルにあった彼女の“愛”について分かっていく中で、感動がどんどん深まっていく。まるで土に栄養分が沁み込んでいくように、優しく行き渡っていく。
そして、伏線を回収した先には、驚きべきラストを用意している。ちょっと上手すぎる位だ。
ただ、“泣きの映画”を謳っているけれど、私は違った。「自分の死に向かい合ってこそ、その人の生きざまである」と教えられた気がして、身を正す思いになった。他人事だと泣いている暇は無いのだ。
この先、ネタバレ
文句を言うべきところは見つからないと言いたいところだけれど、一つだけ苦言を。
女たちの縁をより深く描くために、男の存在は対照的にあまりに薄っぺらく描かれていたよね。彼女の選んだ男・オダギリジョーがクズすぎて、彼女が不憫過ぎた。優男で女癖悪くて、どうしようもないクズ。でもせめて、自分が一緒に生活した女の死に際位、どんなクズでも看病くらいは出来たのではないかと。駄目なイケメンだって情ぐらいあるでしょ。アイツらは、情だけはあるからモテるんでしょ?そんな男は結構居るよね。自分の存在を薄く思うからこそ、女の偉大さに打たれるんじゃないか。なんて、文句を言いたくなってしまった。でもこれ、この作品に没頭したが故の文句ですかね?
あとね。妙な暗号なんですけど、今年の大ヒット作『君の名は。』に出てくる女性陣の名前が、主人公三葉(みつは)を初めとして、妹が四葉(よつは)、お祖母ちゃんが一葉(いちは)。若くして亡くなってしまったお母さんの名前がちょうど、二葉(ふたは)って言うんですよね。
この作品のヒロイン“双葉”と少し似て思えた。
だからなんだって話ですけどね。今年の印象的な女性に共通点があるのが面白いな、って。
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とらねこさん☆
なんか邦画珍しいね。
『瀕死の白鳥』うまい!!
まさにそんなかんじだったね。
宮沢りえだからこそ、その瀕死の白鳥がピッタリだし、瀕死だからこその美しさがあったよね。
オダジョーのダメ男は、どこか『永い言い訳』のもっくんにも似たものを感じる私。
多分、りえ演じる双葉の愛情が深く大きすぎて、男たちは逆にダメになっていくのではないかと…
母の様に男を愛しては駄目なのです。
とらねこさん☆
そうそう…
この前ヨルダン料理に行ったの。
超、もやっとしていて面白かったのよ~
読んでくれたかな??
ノルウェーまだ〜むさんへ
こんばんは〜♪
宮沢りえ、ぴったりでしたよね。
ガン第四ステージを自前でやれてしまう細さ、うらやましい。
『永い言い訳』も見たいんですよね。
今東京国際映画祭なので、それが終わってからになるかなあ。
この作品はあくまでも男は添え物ですからね。
女性同士の絆の深さを描くために、より薄く描いたのは分かります。
と、書こうと思っていたのに、ああ、本文に書き忘れたー。
え、邦画少ないですか?
最新10記事中、4記事が日本映画ですよ。
以前は10作中1作もないことの方が多かったので、最近多いなと自分でも思っていたところなんですが〜
ノルウェーまだ〜むさんへ
ヨルダン料理の記事、まだ気づいてませんでした。
何かと忙しく。スミマセン。
後で遊びに行きますね〜