『レッドタートル ある島の物語』 戻ってこないリアリティライン
心の繊細な部分にそっと触れるような、みずみずしさ。
この作品について語れるような言葉を持たない私だけれど、
映画を見るのは、そして映画について語ることは、単純に自分の心の栄養のためであると
そして魂の栄養のためなのだ、と
こんな素敵な作品に出逢えると、心からそう思える。
ジブリがこれまで紹介してきた“ライブラリーシリーズ”のアニメは、その名も轟く名作・傑作ばかり。
『雪の女王』、『動物農場 』、『王と鳥』、『ベルヴィル・ランデブー』、ミシェル・オスロの作品の数々、『しわ』など。私的には、どんぴしゃ、ドツボに好きなものばかり。
ジブリというと宮﨑駿や高畑勲監督なんかのイメージしか無い人も居るかもしれないが、私はジブリのおかげで知った素晴らしい世界のアート・アニメの数々を思い出します。これらのために、アニメについての認識そのものがガラッと変えられることとなりました。私のような人はきっと大勢居るに違いない。だから今回のように、ジブリ主導で製作されたアニメが、こうした世界レベルのものであることに私は決して驚かない。いつかジブリがやりたかったこと、ジブリならやるだろうということが、とうとう形になったのだろうな、なんて思う。
さて、この作品について。
象徴的でシンプルなあらすじの物語。である故に、ますます神話的・民話的な色合いが濃くなる。
河合隼雄氏がこれを観たら、「人間の魂そのものの物語」と評しただろう。
大海原に投げ出される一個の人間。
漂着し辿り着くのは、自分というちっぽけな存在と向き合う、孤独そのものの時間だ。
この辺り、『ライフ・オブ・パイ』を思い出す人も多くいるかもしれない。
赤いレッドタートル、ウミガメはユング心理学でいうところの“アニマ”だ。
自分の心の中に居る、自分の魂の一部としての姿であり、自分と違う性で現れる(ことが多い)、アニマ・アニムス。魂の半身、と言ってもいいと思う。
この後はネタバレで語るけれど、私はこのように見ているというわけで、実は他の人とちょっと違う見方をしているかもしれない。
もともとこの作品て、どう見るかが人によってそれぞれ違って見える印象を与えるようだ。
人間心理を映し出す素晴らしい作品がいつもそうであるように、人の心というリフレクションを通して見ると、まるで違うものに思えてしまう。そんな作品だった。
だから、この作品について語りたくなった。
【以下、ネタバレ】
まず、私は『ライフ・オブ・パイ』同様に、島に起こる数々の現象を、主人公の心の中を映し出したものとして見た。
ウミガメを思わず殺してしまう瞬間の痛ましい描写。あの瞬間、主人公は彼の心と自分の世界の一部を殺してしまったかのように思った。
さらに、彼の心はそれまでの描写でも、現実認識が少しづつ危うくなっている。
だがあの決定的な瞬間以降、その後に起こった物語の全ては、心の中のリアリティとズレてしまったのではないかと考えている。
つまり、彼は以降、死ぬまで夢から醒めることがなかったのだと。
美しい女に出会い、子供を作って、幸せに暮らした。
そういう夢を見ていたのかもしれないと思う。
想像力というものが私たちに働きかけるものの全てがここにある。そう思った。
私たちは、生きながらも夢を見ることが出来る。
現実で起こる様々な出来事の重圧から心が永遠に逃れる時、私たちは想像力を使うのだ、
そこから逃れそして、醒めない美しい夢を見させる。
だから主人公はこの島から出ることはなく、彼が死ぬまでそれは続く。
この作品中のリアリティラインは途中からズレていて、それは物語の終わりまで決して戻ってはこない。
我々をこの世界に引き寄せ、そしてそのまま連れ去ってしまう。
映画好きである自分にとって、映画を見ることの“意味”がそれだと思う次第。
リアリティなんて、一体何の役に立つんだろう?
“幸せな夢を見た。
それが、醒めない夢ならなお、いい。”
海外のチラシのアートワーク。
珍しく、海外のものより日本の方が美しいと思いませんか?
改めて見終わってから、日本のアートワークを見てみると、
人が生まれる前の姿のようにも思えてくる。
深い意味があったのだなあ、としみじみ眺めました。
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コメント(3件)
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とらねこさんのこの作品についての見解が
“捻くれた見方”だとするなら
私も同じく捻くれていることになります(笑)
『ライフ・オブ・パイ』のラストでパイがライターに
「2つの物語うち、どちらがいい?」と聞き、
ライターが「トラの方」と答えた様に、
私も”美しい夢”が見たくて、
映画や本の世界を彷徨っているのですから。
↑のコメント、出勤前に慌てて書いた所為もあって
言葉足らずも甚だしいので、ちょっとだけ補足。
私もこれは彼の夢だと思って見ていましたが、
むしろ誰もがそうだと思っていた位です^^;
amiさんへ
こんばんは〜♪
ホッ…。amiさんと一緒で良かったです!
twitterでは、普通に亀と一緒に暮らした人の話だと思っている人も居たんですよ。
実際この作品て、「そう思ってはいけない映画」としては描かれていないんですよね。
つまり、「誰かがそう思ってしまう可能性」を否定してはいないと。
そういう部分も全部ひっくるめて、素敵な映画だなあと思います。
あ、amiさんの選んだ『ライフ・オブ・パイ』の最後の選択。
そうなんですよね、あのラストチョイスの描写には、その人それぞれの生き方やものの見方が反映されていましたね。
なんか、この話ができて、すごくすごくうれしいです。