『AMY エイミー』 今世紀一番ロックだったひと
エイミー・ワインハウスの名前は正直言って聞いたことがある程度で、特にファンと云うわけではなかった。ただ予告で流れていた『Back to Black』に心を掴まれて、見てみたくなったのだった。
彼女の訃報が流れた時に話題だったのは、彼女の死亡時の年齢が、あの殿堂入りしたロック・ミュージシャン達の“27歳伝説”と同じ年であったということもあったし、その破滅的な人生が衝撃でもあった。だけど自分にとって疑問だったのは、「アルコールが原因で死ぬって一体何なの?」ってこと。ドラッグの過剰摂取ならまだ分かる。ところがドラッグではなくアルコールの過剰摂取が死因て、一体どの位の量なの?と驚いてしまった。薬との併用が行けなかったのではないか、と推論している人も居た。
エイミー・ワインハウスを知らずに、私は何となくアメリカのポップ・アイコンの一人なんだと思っていた。ところが彼女の歌声は、現代ポップスによくある感じの、綺麗で耳障りの良いものではなく、魂剥き出しの歌い声に驚いてしまった。
「17歳なのにまるで老熟したような歌」と、デビュー当時からそう言われていた。人生の辛酸を舐めてきたかのような手練れた、とことん説得力のある歌声。まさにその通りだった。
このドキュメンタリーでは、デビュー当時の彼女の素顔がホームビデオの映像で流れる。「なんだか私ダサイわね、映さないで」と言って恥ずかしそうに髪を触ったり、寝起きのまま顔を見せてと言われて、嫌がる17歳の頃の彼女。後に摂食障害でほっそりするけれど、この頃はまだ素顔があどけなく、イケてない感じの少しガタイの良い女の子。
でも歌を歌わせると、「これからまだ本物になるかどうかは分からない、だが彼女の歌声には説得力がある」と言わしめるものが、確かにあった。ギター一本でおもむろに始める、本物のジャズシンガーのような野太い歌声。ジャニスがビリー・ホリデイを歌って練習をしていたけれど、それを思い出した。私に言わせれば、「スティーブン・タイラーとジャニス・ジョプリンを足して、ビリー・ホリデイ風味を加えたような」シンガー、かな。大きな目と口がスティーブン・タイラーにソックリだし、生き様はジャニスみたいだ。
彼女が心から愛した男、ブレイクは、本当にクズそのものだった。彼女から一旦去り、そのままで居れば良かったのに、有名になった後に舞い戻ってきた。ただのヒモだった彼がしたことは、それまで一度もドラッグをやったことのなかった彼女にそれを教えただけ。二人共ゴリゴリのジャンキーになり、そんな状態で結婚した。
「もしかしたらこの男が居なくても、彼女はドラッグに溺れるようになったのではないか?」という疑問はもちろん成り立つし、そんな事を言っても仕方がないけれど。
「父親が一番良くなかったんじゃない?」と思う人も居ると思う。実際父親も彼女を食い物にして、その名声で自分も一つ当てようという強欲さが目立つ。父親自身も自分の描かれ方が気に入らず、この映画に抗議をしているらしい。
一番印象に残ったのは、死ぬ直前に自分の映像を見て(Youtubeだったかな)、「私って、歌えるじゃない!次に選ぶなら、真面目にこの道(音楽)を進むわ」という彼女の台詞。
悲しいけれど、彼女自身が結局選んでしまった人生が一方にあり、もしそうならなかった場合の“もう一つの選択”というのを考える。
「次に選ぶなら」という言葉。
せっかく才能に溢れた輝かしい人生を前に、それが手からすり抜けていった感覚、それって一体どんなものなんだろうねえ…。
実際、アルバムがたった2枚って、伝説になるにも遺産になるにも少なすぎる。夭逝してしまう天才というのは多く居る世界でもあるし。
せめてもっと音楽を作って欲しかったし、その道をもう少し自分なりに突き進めた彼女を見たかった。
P.S…最初の疑問点について。あの死因には「食べて吐く」系の摂食障害の危険性に加え、ドラッグ・アルコールの常用で身体が耐えられなかったということらしい。病院の診断で「あと一度の発作で心臓は止まってしまう可能性もある」、と言われてしまっていたようで。ドラッグの危険性もさることながら、あのダイエットとの組み合わせが最悪なんだろうなあ。恐ろしい…。
2016/08/15 | :ドキュメンタリー・実在人物, :音楽・ミュージカル・ダンス イギリス映画
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歌さえ卓越してれば、私生活なんてどうでもいいんですけど、
最初からヒビ割れしてたっぽい私生活にがっつりエネルギー
もっていかれたって感じで、見るからに危なっかしい生き方。
到底、長生きはできんかっただろうけれど
もうちょっと生きてもらってせめて40代あたりになった
彼女の枯れたジャズなんか聴いてみたかったね。
vivajijiさんへ
こんにちは〜♪おっ、なんだかお久しぶりです!
そうそう、私も「音楽性だけでミュージシャンを判断したいんだ」って長年言ってました。性格とか容姿は本来二の次ですよね、音楽って。ましてや私生活なんてどうだっていいじゃん!て思います。
でも彼女の場合は仰るとおり、その私生活のせいで本来自分の一番重要な部分を占めていたはずの音楽に、力を注げなくなっちゃったんですよね。
デビューが17歳で、10年間の間にアルバム2枚って少なすぎます。
ジミヘンもジャニスも、性格クズでもジャンキーでも、何枚も音楽作ってたりするし…アルバム二枚じゃ、人々の記憶にも残らない気がするんですよ。
彼女の本当の悲劇ってそこだなあって思っちゃう。
伝説にならないんですよね、多分ね。
この映画、やっと見ました。
アルバム2枚じゃ伝説になりませんかね。
ジミヘンやジャニスのようには行かないでしょう。
危なっかしい特異な人生、その生きざまを見せてくれただけで充分価値ありますね。
音楽性だけで判断しても一流と思うし、そのうえルックスがアイコンとして優れていてこの人生!
アルバム2枚と少ないところは、この映画の存在で補って欲しいです。
アルバムは買わんけどこの映画ソフト化されたら欲しい。
imaponさんへ
おーっ。見てくれたのね!こんばんは
imaponさん、いつもビッチに優しいし、彼女の音楽性も気に入ったみたいで嬉しい。
絵に描いたような破滅的な人生でしたけど、なんだかとても心に残りましたね。
そうですよね、ジミヘンやジャニスに比べちゃったら駄目よね。
男にハマって音楽の道を投げやりにしてしまった彼女のこと、少し歯がゆく思ったりもしたの。
悲しいし、切ないんだけど、なんだか心に残る…
良いドキュメンタリーでしたよね。
私とても気に入ったな。
私もてっきりドラッグで死んだと思っていたので驚きました。
致死量のアルコールって何!?って。
ブレイクはもちろん、父親やエージェントも、
お金のことしか考えていない様に思えて怒りが沸きましたが、
結局は彼女自身が選んだことなんですよね。
amiさんへ
こんにちは〜♪
ほんと、ドラッグの過剰摂取じゃなくて、“アルコールの過剰摂取”に驚きましたよね。
そうそう、エイミー・ワインハウス自身が、ブレイクのことも父親のことも受け入れていたんですよね。
男を見る目もなかったのかもしれませんが、頼るべき周りの男たちが駄目過ぎたのもあり…
男を見る目については、母親の影響などで変わったりするのかなあ、とも思うのですが
母親の影響は、どうやら彼女の場合とても薄そうでした。
エイミー・ワインハウスのことは、本人の責任部分も大いにあるんですが、なんだか不運だなあ…と思わされる部分も。
切ない気持ちとやるせない思いとに最後包まれるような、
一口では言えないけれど、良い映画でした。