『極私的エロス 恋歌1974』 40年前の日本女性の逞しさに惚れる
『ゆきゆきて、神軍』を撮った原一男監督作品。シネマヴェーラの「フィクションとドキュメンタリーのボーダーを越えて」特集で見た。
私の好みのポイントを豪速球で付いてくるので、思わず唸ってしまった。原一男作品はこれでまだ2作目だったけれど、これは真面目に追いかけなければいけないな…。あなおそろしや!
3年付き合って子供も生まれたが、ある日彼女が自分を振って出て行ってしまったという。この“極私的”ドキュメンタリーは、原一男監督の元彼女だった武田美由紀さんを追ったものだった。普通だったら避けて通るようなプライベートの話。一体何を描きたいのだろう、と訝しげに見始めた。だけどこれがめっぽう面白いのだから、驚いてしまう!
ものすごく自分勝手な女だなあとは、確かに思う。でも「自分の好きにやらせないと気の済まない人だろう」というのが分かるタイプだ。紐など括りつけておけるタイプの人間ではない。
型破りだし、掟破りそのままの豪快な人。女というより男のようなゴツイ見た目。言うことやることすべて面白いので、武田美由紀から目が離せない!
一番驚いたのは何と言っても、彼女の出産シーンだ。赤ん坊が股の間からニュルッと顔を出すピンボケのショット。長回しでそのまま撮り続ける。ずっとピンボケなので嫌になってしまうが、監督からの断りもちゃんと入る。夜中にいきなり出産が始まり、焦ってカメラを構えたのだそうだ。ちなみに、汗で曇ったためピンボケになってしまったとか。せっかくのショットなのに、ああ、なんて勿体無い!
股の間から顔を出した赤ん坊は、案外すんなり出てくる。にしても、助産婦も居ないのに心底驚いてしまう!しかもこの出産したばかりの妊婦と来たら、赤ん坊が生まれまだへその緒が付いたままの姿で、「赤ん坊はそのまま放っておいて構わない」と言う。たった一人で産む気なのだ。いちいち驚いてしまう!あり得ないだろうと思った。医者にかかりきりで過保護な出産をしたことのある母親たちは、私以上に腰を抜かすだろう。
しかし武田美由紀は、「胎盤がもう少し力めば出てくるはずだ、そちらの方が先だから」と腰が座っている。いや、腰は文字通りカメラの向こうにデーンと丸出しのまま。
赤ん坊はその後自分でたらいの中で洗い、「あれ?これ混血だわ」などと言う。あの3週間で消えた陸軍の黒人兵士だろう、と観客にもちゃんと分かる。そしてあっさりと、母親に「生まれたよー」なんて黒電話で電話で告げている。昔の日本人は畑仕事の合間に、ポコッと子供を産んだなんて言うけれど、そんな感覚なのかもしれない。監督に向かって前々から、「あなたは私の出産のシーンを撮るべきだ」などと言っていたから、案外すべて彼女の計算どおりなのだろう。
原監督を捨てた後、沖縄に来て女性と過ごしていたのも面白かった。女同士でセックスが介在せず、「セックスみたいな簡単な解決法があればいいのに」と言う。「アンタとは、喧嘩して仲直りのキスがあった。簡単なものだ。だからこそ、簡単すぎるから男と女は良くないんだ」なんて言う。この感覚、すごく良く分かる。私も昔はよくそんなことを思ったものだった。今は、女として鈍感になったのか、大人になってふてぶてしくなったのか、そうした感性が死んでしまったのかもしれない。
武田美由紀は図太くて、だけどいつも鋭くて、精一杯だった。
やりたいことを伸び伸びとやっている女だった。
とても眩しくて、なんだかカッコ良かった。
原監督が映画に撮ってまで彼女を追いかけたのも、すごく分かる。
2016/02/24 | :ドキュメンタリー・実在人物 日本映画
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