『スティーブ・ジョブズ』 真実は口に苦い、ジョブズ内幕物も口に苦い
ジョブズなんと、同じタイトルを付けちゃったのか、2013年のアシュトン・カッチャー主演のものと。向こうは「ジョブズ」が原題で「スティーブ・ジョブズ」というタイトルを付けられちゃったものだから、こちらは「スティーブ・ジョブズ」が原題なのだからと、やはりそのままのタイトルで(笑)。『イヴ・サンローラン』と『サンローラン』なんていう映画があったけれど、こちらはもはや一刻の猶予もなく、「こちらこそがスティーブ・ジョブズだ!」と言い張っている状態(笑)。
私は、アーロン・ソーキンが脚本を書くと知った時点から、すっかり楽しみにしていた(アシュトン・カッチャー版より先に決定していた)。アーロン・ソーキンの崇拝者なものだから。公開が楽しみで待てず、彼の昔の仕事であるTVドラマ『ザ・ホワイトハウス』を見始めていたところで。
ジョブズの伝記を読めば、彼が褒められたような人では無いというのは分かるけれど、ここまでソルティーで激辛な、“真実の苦味”を感じる物語になるとは!もう少し手心を加えて、娯楽的に楽しめるものになっても良かったんではないのかい?(苦笑)…と、Apple信者は申し上げたくなりまする。
映画の構造は、まるで舞台劇のよう。
3つの時代のジョブズの新製品公式発表の舞台裏を3本柱に掲げ、そこで交わされた会話を元に作り上げる、という大胆な手法だった。84年、88年、98年、とシンプルに表現を絞ったことで、その間に訪れた劇的な変化を、凝縮された余韻として会話の端々に感じさせる。時代を変えると信じて掲げた84年のMacintosh。そしてジョブズを語るに欠かせない、創業者であるジョブズ自身の解雇。これはジョン・スカリーのクーデターでもあった。Appleを離れた後の88年のNeXt cubeの発表、これが二本目の柱。そして三本目は、再びApple社に戻ってきたジョブズが、新時代を切り拓くと確信を得た98年のiMacの登場。
『ソーシャル・ネットワーク』はこの作品の1.3倍のスピードで喋っていたのではないか?
この作品は、普通に聞いていても分かる親切な作りで、会話のスピードもさして速くはない。そして、専門用語を出来るだけ出さないようにしたのだろうか、アーロン・ソーキン印の“高段者同士のやり取り”的なハイレベルの斬り合いや、知識が滲み出るような高度なシンボリズムはない。ダニー・ボイル式のスタイリッシュに切り込んだこの作品はたった2時間に収められ、情報の洪水という印象は無かった。ユーモアもなく、ただ喧々諤々と相手の悪いところを指摘し合ういがみ合いが続く。居心地の悪さだけがそこにあった。
私は90年代のジョブズのインタビューやTV出演、ドキュメンタリー等を見て、ジョブズの一点の曇りもないクリスタル・クリアな明快さと頭の良さをヒシヒシと感じたが、マイケル・ファスベンダーのあまり賢そうに見えないジョブズからは、それらを感じることは出来なかった。
ジョブズはただ、コピーにもあるように「口先1つで世界を変えた男」であり、スティーブ・ウォズニアックは「AppleⅡの事ばかり拘る男」なのだった。ジョン・スカリーは「カーボネイト入りの炭酸水を売っていた男」であり、アンディは「二人居るのでどっちだか分からない男」。出てこないビル・ゲイツが「いい大学を中退したモノマネ師」の一言、そこはいいとしても(笑)。
ジョブズ内幕話は、残念ながら楽しい映画ではないのだ。
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コメント(4件)
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ジョブズとサンローランは映画にするよりもドキュメンタリーとして
真実だけを知りたいです。
今回で、もう完全に撃沈状態です(笑)
劇中に言ってた人間と自転車の関係!
エネルギー効率の話、すっかり忘れていましたよ(笑)
思えば、とらねこさんも自転車派でしたね。
iPhoneにAppleウォッチ繋げてましたよね。
こうなったら自転車も同一メーカーにしてみたくなります(誰の希望だよ)^^;
itukaさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
ジョブズは実際やな奴なんでしょうけど、「もう分かったよ!」と言いたくなりました。
「自転車と人間のエネルギー効率の話」、これ何かで読んだことある話だったんですが、自転車好きとしてはすごい嬉しくて(笑)
これをPCと人間の関係に例えるのは、さすがだなあと思いました。
お!自転車、itukaさんも乗られるんですか?
同じメーカーにしてくれるの!ホント!?
やー、嬉しいな〜
今、実は新しいマシンが欲しいんです。もう今のが古いから。
次は、私のズボラ管理&雑な走りに耐えられる衝撃耐性の強いグラベルロードにするか、
自転車乗りとしてさらにレベルアップすべく、大会などに出れるような速度を上げ軽快な走りの出来る、少し高額なロードバイクにするかで迷ってるんです。
新車についてはもう少し迷おうかなーと思います。
また連絡しますね!
『稲中卓球部』で「マックってマッキントッシュのことだよ」「日本ハムにいた?」「そいつは球拾いだけして帰った」なんてギャグがあったな… なんてことを思い出しながら観てました。
PC関連に弱いわたしもマッキントッシュやiMacは知ってたけど、Nextというのは知らなかったなあ。とらねこどんは知ってた?
あと映画ファンとしては何かしらピクサーがらみのネタが見たかったです
SGA屋伍一さんへ
こちらにもどうも♪
稲中のマックギャグありがとうございます(笑
NeXTは、知識としてだけ後から仕入れた程度ですが、まあ知ってはいました。ASCIIも知ってた。
というのも、相棒さんがPCオタでいろいろ詳しいからですわ。
私なんかほんの10年前にネットの世界を知っただけなんですけどね。
ピクサーがらみのネタは、アシュトン・カッチャー版もこちらも、一言も言及が無いんですよね。
ジョブズの功績にはアップルコンピュータだけではなくピクサーという素晴らしいものもあるのに、それに触れないのは本当に悲しい。
この作品を見た人は「ジョブズ自体は特に何も出来ない人だ」と言う人が多くとても残念です。