『消えた声が、その名を呼ぶ』 旅には人生のエッセンスが詰まっている
久しぶりのファティ・アキンの新作、これは一昨年のベネチア国際映画祭でかけられたものだった。『野火』と同じ年だったのでスタッフにファティ・アキンのサインをお願いしておいたのだけれど、監督を見つけられなかったらしく、ファティ・アキンのサインは残念ながら手に入らなかった。
『トラブゾン狂騒曲 小さな町の大きなゴミ騒動』はドキュメンタリーだったし、『ソウル・キッチン』は軽快なコメディだったので、このタイプのドッシリと来るアキンテイストは実に『そして、私たちは愛に帰る』以来。
おかげで、この叙事詩的大作の堂々たる構えに、思わず驚いてしまった。
アキンとの共同脚本を担当したマーディク・マーディンは、何と80年の『レイジング・ブル』以来、実に34年ぶりの復帰だという。まさにこの彼が、彼自身に流れるアルメニア人という血筋の物語を手がけたというのだから、思いもひとしおだ。
オスマン帝国最後期の、アルメニア人に対する大虐殺が起こる。そして帝国はあっという間に消え去ってしまう。
そのアルメニア人の、数少ない生き残りであるナザレットの流浪の物語だった。
旅が人生そのものである、アキンの連作がとても好きだ。旅は同時に受難の物語でもあるが、真っ直ぐに希望に向かって歩いて行く。
特に好きだったのは、チャップリンのシーンだった。“映画館で映画に出逢うこと”を描いたシーンの中でも、最上のものの1つであるように思う。
タハール・ラヒムは、オディアールといい、アスガー・ファルハディといい、ロウ・イエといい、このクラスの監督に愛され、またいい仕事でもって応えられる素晴らしい俳優だなと思う。今作は特に、彼のモノ言わぬ演技に全てがかかっていた。今後も応援していきたい俳優の一人だ。
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コメント(4件)
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チャップリンのシーンは凄く良かった。
あれはもう一つの「ニューシネマパラダイス」でした。
荒野の放浪者の物語が、やがて海を越えてアメリカ現代史になってゆく構成も見事。
まさかマーディック・マーティンの仕事を再び観られるとは。
ノラネコさんへ
こちらにもどうもです♪
チャップリンのシーン、あれは震えるものがありましたね!
チャップリンがいかに多くの人を魅了したのか、生きる活力に結びついたか…
そう考えるだけで、涙が止まらなくなりました。
マーディク・マーティンの件は、見終わった後に知ったのですが
長年「『ロッキー』派ではなく、『レイジング・ブル』派」と言い続けていた自分には、心底驚いたトリビアでした!
とらねこさん、こんにちは。
これ、帰京されてからすぐご覧になったのですね。
間に合ってよかったです。
タハール・ラヒム、私は初めて観たのだけど、いっぺんでファンになりました。
『キッド』観てる時の表情がたまらんかった。
素敵な俳優さんだね~。私も応援したい!
真紅さんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
はい、元々見たくて楽しみにしていたのですが、東京ではいろいろ見逃してはならない映画祭があって、つい新作は後回しになってしまいます。
タハール・ラヒム、とても存在感のある俳優ですよね。ヨーロッパ映画で、ムスリムの役を配されることが多いようです。
今後もっと活躍するような予感がしますよ!!