ジャファール・パナヒ 『タクシー』 現実か否か?
東京フィルメックス映画祭にて鑑賞。
『チャドルと生きる』、『オフサイド・ガールズ』のジャファール・パナヒ監督。2010年から映画を撮る事を禁止され、『これは映画ではない』のような反則的な作品を作り上げたりなど、イラン映画界からはみ出した特異な作品を作り目が離せない。最新作の今作ではベルリン金熊賞を受賞した、と知り今度は一体どんな作品なのだろうと、楽しみにしていた。
『これは映画ではない』は制限を受けた中でのギリギリの表現という、彼にしか出来ないものになっていてまさに舌を巻いた。今回は“タクシーの中”という動き回れる空間を得ていた。まるでその窓は世界に向いているかのよう。制限をものともしない、むしろそれを逆手に取ったタクシー内POV。これはノンフィクションなのか、それともノンフィクションの振りをした“モキュメンタリー”なのか、観客は見ながらずっと疑ってしまうだろう。タクシーはそんなことをものともせず、ずんずん道を進んでいく。
パナヒがタクシー運転手を始めた、という体で物語は進む。イランの街中を走る乗り合いタクシーには、どんどん人が乗ってくる。客は言いたいことを言い時に口喧嘩を始めたり、遺書を書くと言って携帯で録画をさせてみたり、パナヒの見えないところで「この人ドン臭いわ」などと言ったりする。パナヒの顔を知る者も多く居て、中にはすぐに分かったりもする。
DVDレンタル宅配の商売をやっている客も居た。パナヒ自身も彼に注文したことがあり、ヌリ・ビルゲ・ジェイランの『昔々、アナトリアで』とアレン『ミッドナイト・イン・パリ』を届けたと言うから面白い。彼は歩き始めて初めて、小人症の人であると分かるのだけれど、これが分かるタイミングもまた素晴らしいものだった。この彼はパナヒに商売の片棒を担がせようとしたりする。「映画製作を勉強している」という男がアドバイスを求めた時のパナヒの答えが振るっていて、「映画は撮られてしまったし、本は書かれている。自分の撮りたいものは外にある。それを探しに行け、自分しか見つけられないから」と答える。それはまるで、この作品を撮るテーマのように響いてくる。
パナヒの姪っ子という小学生位の小さな誇り高きレディも出てきて沸かせる。彼女もまた学校の宿題に出た、映像作品を撮ろうと企画している。中でも面白いルールの一つが「安易なリアリズムを避ける」というものだった。では今見ているこの作品において、安易なリアリズムを避けるために一体どんな手が作られているのだろう?
”リアリティ・ショー”のような現実そのもののドラマは、現代においてもっとも刺激的で面白いものになってしまった。映像技術はCGにおいて“本物ではないもの”をいつでも映し出すことが出来るようになり、“凄い映像”はすぐに撮れるようになった。その反動であるかのように、一方では“本物であること”が売りになった。
喩えノンドキュメンタリーではないとしても、カメラを置くことによって生じる虚飾性が生まれる。これがとても我々には新鮮に映るのだ。それはまるで、現実が虚構を侵食するかのようである。こうした瞬間がとてもスリリングに思えた。虚構であるとしたらどこまでが虚構で、現実であるならどこまでが現実なのか?分からなくなってくる。今年見た作品では、ゲリンの『ミューズ・アカデミー』や『テラスハウス』も同じような感覚を持っていたように思う。フィクション/リアリズムの境界線を越えて向こう側に行くかのような面白さ。自由で闊達な表現によって、“映像表現”なるものを最大限に押し広げるようだ。パナヒはタクシーの中から、なんとそれを作り上げて見せた。
ちなみに、タクシーの外は完全に無音で撮っている。そこは許されていない範囲であるかのように。
カメラはおそらく、運転席側を撮るもの、助手席側を撮るもの、後部座席を取るものの3つと、自由に動かせるハンディが1つあったようだ。(姪のカメラから見た映像もある)
固定されたカメラは首を動かすことも出来るようになっていて、都度クリクリっと音が鳴る瞬間もあった。(わざと動かした後のショットの繋ぎもあるけれど、流れるように編集している。このため運転席側を撮るカメラと助手席側を撮るカメラは2つあると分かる。)
突然『レザボア・ドッグス』のようなシーンもあったり
2015/12/20 | :ドキュメンタリー・実在人物 イラン映画
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