『名もなき塀の中の王』 ギリシャ悲劇さながらの重厚感
これは想像以上の傑作。
刑務所内でのワンシチュエーションだが、荒くれ者の囚人たちを描いているにも関わらず、さながらシェイクスピア劇かギリシャ悲劇。さすがはイギリス…!
骨太なストーリーテリングでアクションが引き立ち、男同士が自分の闘争心を剥き出しにして体をぶつけ合う。
たったこれだけの物語を、ここまでスリリングに見せることが出来るのは凄い。
物語は、19歳の札付きの若者が囚人として新たに仲間入りしたことから始まる。“重警戒レベル”の荒くれ者だ。刑務所内には武器が無いため、入ってそうそうに武器を手作りする、エリック・ラブ(ジャック・オコンネル)。
ジャック・オコンネルは、今度日本でもようやく公開が決まったアンジェリーナ・ジョリーの『アンブロークン』でも主役に抜擢された、今後注目のイギリスの若き俳優さん。
彼の本能剥き出しのアクションと、どことなく可愛らしさの漂うルックスのギャップがいい。
エリックは、その若さ故の暴走で全体の調和を乱すと思われた。だが彼の場合事情は特殊だった。彼の父親・ネビル(ベン・メンデルソーン)がすでに刑務所内に居た。
母親に虐待され育てられたエリックは、父親には子供の頃捨てられた。彼は刑務所でようやく父ネビルとまともに話す機会を得たと言える。
終身刑で一生シャバに出られない父親に向かって、「あんたに会いに来たんだぜ」という一言は、嘘でもなければ冗談でもなかったのかもしれない。
エリックにまた別の救済の手が伸びる。看守のオリバー(ルパート・フレンド)が、彼の率いる自助グループに引き入れようとする。オリバーは刑務所内で無給で働く男だった。囚人達と心を通わせ力になろうとする、見上げた根性の男。次第にエリックはグループの黒人達とも少しづつ打ち解けるように見えたが…。
エリックの力になろうとする黒人たちの姿がまた、雄々しくて麗しい。トレーニングに付き合ってくれた時の、パンチの重々しく響く音。
みすぼらしい囚人服の姿そのままで、彼らはまるでギリシャ神話の神々のように思えてくる!エリックとネビルの父ー息子葛藤は、ゼウス以前の混沌、ウラノス・クロノス・ガイアの物語そのもの。タイタンの神々は父ー息子関係の飽くなき権力闘争だ。
これは間違いなく傑作だ。
関連記事
-
-
『沈黙』 日本人の沼的心性とは相容れないロジカルさ
結論から言うと、あまりのめり込める作品ではなかった。 『沈黙』をアメリ...
記事を読む
-
-
『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』 アメリカ亜流派のレイドバック主義
80年代の映画を見るなら、私は断然アメリカ映画派だ。 日本の80年代の...
記事を読む
-
-
『湯を沸かすほどの熱い愛』 生の精算と最後に残るもの
一言で言えば、宮沢りえの存在感があってこそ成立する作品かもしれない。こ...
記事を読む
-
-
美容師にハマりストーカーに変身する主婦・常盤貴子 『だれかの木琴』
お気に入りの美容師を探すのって、私にとってはちょっぴり大事なことだった...
記事を読む
-
-
『日本のいちばん長い日』で終戦記念日を迎えた
今年も新文芸坐にて、反戦映画祭に行ってきた。 3年連続。 個人的に、終...
記事を読む
シェイクスピアもかくやという濃密なファミリーのドラマに痺れました。
密室だからお互いに逃げられないし、葛藤はとことんまで行くしかない。
随所に見られるイギリス映画らしい味わいもよかった。
ところで私が見たとき、へんな音声ノイズがずーっと鳴ってたのですが、ありましたか?
ノラネコさんへ
こんにちは〜♪コメントありがとうございました。
ノラネコさんもシェイクスピアを思い出されましたか?
密室劇だからこその狭苦しさが、見事に心理的に揺さぶってきましたね。
私が見た時は特にノイズは鳴ってませんでしたよ。何か不調だったんでしょうか。
ちなみに私は、先日『恋人たち』をテアトル新宿で見た時、俳優の声の音量が大きすぎて、耳が痛くなるぐらいで不快でした。