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後味の悪い映画と言えばコレ! 『ファニーゲーム』


史上最強に後味の悪い映画として、悪名高き作品。
私は、DVDで見た時は驚いて巻き戻しを何度かしてしまい、挙句終わった後もう一度最初から見てしまった。
劇場鑑賞は初めてだったけれど、同時上映の『炎628』がほぼ満席近かったにも関わらず、こちらの方は明らかにガラガラ(笑)。こちらは見ない、という選択をする人が7割近く居るということですね。
正直、『炎628』の次では、あの作品の前では吹き飛んでしまうような“小さな悪”にしか思えなかった。残念です。私はこっちも好きなので…。まあ、仕方がないか。

この作品についてはいつもいろいろなことを考えてしまう。
まず、これを見てムカついたら負けだなあと思ってしまう部分もあるのです。
ムカついて怒る人を「我が意を得たり」とスクリーンの向こうでせせら笑っているハネケが、透けて見えるように思えるから。

この作品、ムカつく理由はいろいろあるんですね。
だけど一点だけ、見逃せない点が。
それは、被害者に対してもムカつく気持ちがあるということ。これを自覚せねばと思うわけです。

つまり、家族を守れない父親(ウルリッヒ・ミューエ)を、どこか不甲斐なく思える部分があるんですよね。
誰かが無残にも理不尽な目に合わされ殺されてしまうのに、「被害者側の目線」のみに同化して考えずに、「加害者側の目線」で見ている部分がある。

父親は、足をゴルフクラブで殴られて動けなくなってしまうのだけれど、以来彼はすっかり「不具者」として、理不尽な暴力の被害者側に回ってしまう。そこから死に物狂いで戦うことは出来ない。それが出来るのは映画の中の英雄だけだ。彼は、英雄でもなんでもなく、見ている我々と何ら変わり無いただの人間だ。

「金は払うから」等と暴力に屈してしまうし、妻(スザンヌ・ロタール)がレイプされてしまうかもしれない可能性すらあるのに、その妻に向って彼らの前で「脱げ」と言わされてしまう。
作品中のそのシーンでは裸を見せるだけで終わるけれども、その前のシーンで「デブッチョ、相手してもらえよ」などという台詞もあり、極めて卑猥な行為を想像させる。その上で父親に「脱げ」と言わせるのは、妻がもしレイプされても黙って自分は見過ごすということ。もしくはその不甲斐なさを可視化するために、加害者の男ーゲオルグ(フランク・ギーリング)はその台詞を言わせるのです。
男としてのプライドも父親としてのプライドも、粉々に打ち砕かれてしまう父親。
その瞬間、観客はゲオルグの冷酷無比ぶりよりも、被害者の父親の不甲斐なさが虚しく、腹さえ立ってしまう。
以下、ネタバレ


 

さらにこの映画でイラつくのは、観客にカメラ目線で話しかけること。
3度目線をカメラに向ける瞬間がある。これは初めて見た時は相当驚いた。
ハウス・オブ・カード 野望の階段』でも同じように、悪事を犯す主人公がカメラ目線で話しかけるけれど、それはこの映画の真似だと思います。

あとやっぱり、決定的なのはあの巻き戻しの瞬間。
妻が、デブッチョことポール(アルノ・フリッシュ)を銃で不意に撃ってしまう瞬間がゲーム終了間際に訪れる。
ところが、「それは認めない!」なんて言って、ゲオルグが“巻き戻し”するのです。
すると、妻はポールを撃ち殺す前に銃を取り上げられてしまうのです。
映画というのは時間は逆行せず、起こったことは起こったこととして進む。それは大前提なのに、それすら裏切ってしまう。
つまり、このゲームは最初からゲオルグのゲームなんですね。
それが嫌でも分かるのは、ラストにほど近いこの瞬間なんだから、観客はやってられなくなる。

そしてラストのシークエンス。
ボートに載せられた妻は、縛られた姿ながらボートにあった小刀を取り出し、何とか緊縛から逃れようとする。
“ボートにあった小刀”とは、わざわざ物語の前半部分で小刀が滑りこむショットを挟んでいるため、観客には「オッ、小刀があそこにはあったぞ!助かる可能性があるはず!」と思わせるのです。「俺はあのワンショットを覚えているぞ!」と。映画では、そんな何気ないことから“まるで奇跡のように”主人公が助かる瞬間がある。そんなことを良く観客は知っているからです。しかし、ハネケはそんな希望を与えておいて、今度は取り上げる。
もう、見事なまでに性格が悪いとしか言いようがない!w

“誰かが無残にも殺されてしまう”というのは、実はホラー映画も同じなんですよね。
だけど、ホラー映画は物語がもっとガチャガチャしていて、そうした物事が見難くなっている。いろんなスパイスで誤魔化され、言わばその虚構を楽しむことが出来るように作られているからです。
殺人鬼は被害者を殺すけれども、過度な“理不尽さ”を描くと、観客の心が離れてしまうから。

しかし、この作品は違う。
明確に加害者は加害者として存在し、被害者はくだらないゲームに付き合わされ挙句殺されてしまう。猫がネズミを面白半分にいたぶるように、くだらないゲームに付き合わされて。
「12時間後にお前らが生きているか、賭けようぜ」

映画史上、“最も見たくないもの”を映像化しよう、と思ったのでしょうか。
あまりの性格の悪さに慄えを覚えます。
ホラー映画ばかりでなく、虚構の世界そのものを馬鹿にしているのかもしれません。
とこう、わざと深みを与えてしまうのも、ハネケの思う壺なのかもしれない、とか…

あのオヤジの思うツボは嫌だ!
いや、見てしまったこと自体がそもそもの…?

 

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コメント(2件)

  1. とらねこさんは「炎628」の後に観たんですね。
    私は順番が逆だったので、その点はラッキーだったかも。

    後味悪い映画が見たい時ってあるんですか?
    この作品は前半は2人の青年に対して、後半は意地悪な監督に対して、まんまと厭な気持ちにさせられました。そういう悔しさが必ず伴う作品ですね。やっぱ、ハネケは凄いワ。

    ただ、この作品は癖になりそうな気がして、今後はあまり近寄らないようにしたいと思ってます。

  2. imaponさんへ

    こんにちは〜♪コメントありがとうございました。
    あっそうそう!imaponさんもキネカで見たんだった。
    『炎628』の前にこちらを見る方が、確かに順番としては正しいのかな。
    うーん、どうでしょう。先にこちらを見たら、吹き飛んでしまって何も覚えていない、ということになっちゃいそうw。
    逆に炎628の後だと、こちらはそれなりに気楽に見れる感じがあったかもですYo?

    「絶望シネマ」二本立て、という企画ではあるんですけど、全く腹の立つ二本立てですよw
    確かに「後味の悪い映画が観たい時」なんて無いか。

    しかし、twitterとブログと、たくさんの映画好きをフォローしてますが、この作品を心底好きなのって、よしはらさんと私だけかもw
    imaponさんも是非加わって欲しいです。




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