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『あの日のように抱きしめて』 戦後映画の繊細な美しさ

poster2変なタイトルを付けてしまう功罪は割と大きくて、そのために見に行く気を失わせてしまう。『東ベルリンから来た女』のクリスチャン・ペッツォルトの最新作だとチェックしていたはずなのに、いざ始まっても目に入ってすらいなかった。誰かが思い出させてくれなければ、そのまま忘れていたかもしれない。
結論から言うと、本当に見て良かった!余韻が何よりも印象的。ああ、忘れられそうにない。思い出せば思い出すほどに、この映画にしっとりと惚れていく。

今年はこれと『おみおくりの作法』。素晴らしき“余韻映画”。感想を書こうとして思い出していたら、さらにまた涙が溢れてくる。
こんな美しい戦後映画があるなんて。
『東ベルリン〜』同様に、鮮やかな描写で新鮮な驚きを与えつつ、且つうすずみを掬い取り、その内部をひらり覗かせる。そのやり方がとても上品でエレガント。そしていつも、女性の美しさがスッと際立っている。クリスチャン・ペツォルトの描くニーナ・ホスは、美しいばかりかいつも謎を秘めている。官能的ですらある。女性の本来の美しさの何たるかを、教えるかのように!

この先、ネタバレ


クライマックスの前に、珍しい彼女の長台詞がある。ラストの邂逅に向かう途中に、ジョニー(ロナルド・ツェアフェルト)に向かって彼女が背中から尋ねるシーンだ。
彼女はずっと旦那を信じていたのだろうか、と驚く。頼もしい友人のレネ(ニーナ・クンツェンドルフ)や、観客の私達から見れば、当然のように金目当てで彼女を裏切ったとしか思えないのに。何が真実で何がそうでないのか、戦争のドサクサに紛れて分からなくなってしまったのか。

彼女と好対照に描かれている、レネの存在がある。彼女は戦争で起った傷によって、ユダヤ民族の再建の望みを持ちながらも、結局は心が壊れてしまう。戦後の大きすぎる傷の中で、せっかく生き延びたのに自殺を選ぶ彼女。ネリーが生きることが出来たのは、ジョニーの背中に語ったように、彼女が信じたかったから。この希望の存在が彼女を生かしたと言えるのかもしれない。

ジョニーの裏切りを明確に示すのは、離婚したことを告げる知らせだ。ジョニーはおそらく非ユダヤで、彼女たち一族が絶滅したのはジョニーの告げ口のためだろう。ジョニーは自分だけ助かるべく離婚をしたのだ。

ラストの『スピーク・ロウ』が何と言っても、圧巻の素晴らしさ。ようやく真実に気づいたジョニーの驚きと、伴奏が止んでも構わずに歌い上げるネリー。
どれほどの思いがそこにあったのか。後を引くかのように、彼女の凛とした姿とスピーク・ロウが聞こえてくる。

https://www.youtube.com/watch?v=rkAHi2wNSsc

ニーナ・ホスによる『Speak Low』

 

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コメント(4件)

  1. こんにちは。
    とらねこさんに薦められなかったら観なかった映画!
    仰る通りベタな日本題名で・・・・・。

    最後の「スピーク・ロウ」最高でした~彼女が立ち去るところでエンド!余韻ありましたねぇ~
    ネリーはジョニーを真実、愛していたのか?それとも愛していると思わなければ生きていけなかったのか?
    顔を整形する時の医師との会話で、彼女が一縷の望みをかけていたことが・・・・(ジョニーに気づいて欲しい!)

    ただ、ジョニーはどの時点でネリーだと分かったのか?
    腕の入れ墨を見た時というのはありえない~

    明日は「Dearダニー 君へのうた」観てきます!

  2. cinema_61さんへ

    こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
    良かった、見逃さないで居てくれて!
    これ、私はジワジワと思いだしている内に、どんどん好きになってしまいました。
    今年はこれと『おみおくりの作法』が余韻映画として、忘れられない映画になりましたよ。

    >ジョニーはどの時点でネリーと分かったのか?
    これはまさしく彼の表情が語っている通り、あの歌を聴いてでしょうね。
    ジョニーはネリー本人が生きている可能性すら信じていませんでした。再会してすぐにネリーはそう言って話しかけたのに、「彼女は死んでるんだ」と断固として言い切っていましたし、
    何よりジョニーにとっては彼女はむしろ「死んでいる方が都合が良かった」のだとしか思えないのです。

    ネリーは本当に、ジョニーを愛していることで、生きながらえることが出来たのだと思っています。
    悲しくて一途で…戦争の傷跡ってこんな風に「幸せな頃の自分で居られなくなってしまう」ことでもあるのでしょうね。
    辛いことです…。

    『Dearダニー 〜』、私ももう見ましたよ〜
    私はちなみに今日『黒衣の刺客』を見ました。寝てしまったので書けないかも…^^;;

  3. とらねこさん、こんにちは!
    これ、観たかったんですよー。
    レンタル開始になったので、早々にかりてきました。
    東ベルリンから~が、凄く好きな映画だったので、同じ監督さん、キャストの2人までが同じってことで、かなり期待していました。

    見た感想は、面白かったけれど、色々疑問が一杯・・。
    とらねこさんは、あの旦那が過去に裏切っており、現在は歌を歌うまで気がつかなかった・・って風に思われているのね?
    私は今見たばっかりで、これからしばし色々考えて、一晩ねかせてみたいんだけど、あの夫が歌を歌うまで、まるで気がつかないなんて事は無い気がするのよね。おかしい、似すぎている・・と思いつつも信じたくなかったんだろうか?
    だって友達はみんな自然にあのお顔を受け入れるくらいの変化だったんだよね?

    でも見終わった後に、こんなに色々考えて引きずるってのも、またオツな映画である証拠ですね♪

    ちなみに「黒衣の刺客」も見たかった映画ー。
    レンタルなったら、また舞い戻って来ます。

  4. latifaさんへ

    こんにちは〜♪コメントありがとうございました。
    オッ、latifaさんも『東ベルリン〜』お好きでしたか!私も大好きでしたよ。

    はい、私は旦那は歌を歌うまで気づかなかったと思っています。
    ラストで彼の表情を見てそう思いませんか?

    彼女の顔は、「元の顔にあまり似ていない」という設定でしたよね?
    旦那はそれに加えて、彼女はすっかり死んでいると、何故なら自分が裏切ったから(当時のナチスが許す訳はなかった)。
    そう思い込んでいる部分もあったのだと思います。むしろ、「思いたかった」のかもしれません。
    そして、”彼女が生きているかもしれない可能性”を少しも疑っていないところが、
    彼の裏切りを二重に裏付けるものだと思えます。
    彼女の悲しみはだからこそであり、それでもそんな非情な男を愛したこと、
    それを考えて私は悲しくなりました…。

    この作品では、「旦那が気づいているかいないか」、この部分こそがサスペンス的に描かれていたと思います。
    だって、それこそが彼女の気持ちですよね。「彼は疑っているのではないか」という疑念を抱かせた、気づいていながらその部分を押し殺していたのか、と。

    つまり、ラストでは”彼が本当に知らなかったことに気づく”、
    彼が思いつきもしなかったこと、それを知る驚きというのが
    ラストで描かれていたと思います。

    『黒衣の刺客』は悪くは無いんですが、映像美と物語性のバランスがあまり良くなくて、なんだか気持ち悪い思いがしちゃいました。
    「ホウ・シャオシェンが何もこれをやらなくても良かったのでは」、と思えてしまって。
    でもかえるさんは気に入ってベストに入れてましたし、これをベストに入れているシネフィルさんも他に居ましたよー。




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