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前作を軽々と超える傑作! 『ルック・オブ・サイレンス』

T0019960pまごうことなき傑作。
去年、『アクト・オブ・キリング』が公開された。こちらは加害者側、こちらの『ルック・オブ・サイレンス』は被害者側を主眼に置いたドキュメンタリーだと言われていた。
しかし実際開けてみると、いやはや、もっとすごいことになっている。

被害者が加害者にインタビューをする中で、その周りにいる人々の意識をも揺り動かしていく。“あの時”、何が行われていたのかを詳しく知らない人も居た。自分の父親が、親戚が、真実は何を行っていたか。知らずにおこうというのではなくて、本人が話したがらないということもあったようだ。

このインタビューを行う犠牲者の弟もそうで、自分の兄が誰によって殺されたのかは知っていた。「被害者の方は知っている。だが、加害者の方は知らないんだ」と言う被害者の弟さんの乾いた目。しかし彼も、兄の虐殺に加担した人物の中に、自分の親戚がいることはさすがに知らなかった。驚きの目。これがすごく強調されている。加害者の表情、被害者の表情、周りに居た人々が真実を知った瞬間のその目、その評定。瞬間のリアルなリアクションが雄弁に物語っている。

ましてや五十年間、近隣に住んで仲良くしていた間柄だったりすることに私達は驚く。
眼鏡を作るという体で視力検査をしながら、何気ない世間話風に話を聞き出そうとする。

それから、豆のようなものが飛び跳ねるショットがいくつかあるが、あれも心に静かに残る。
「中に蝶が入っているからね」とのことだけれど、全く身動きもせず時々ピンピンと跳ねるだけ。
こんな状態で生きていることに少なからずショックを受ける。

生き物とすら思えない、この豆のようなものの姿はそのまま、被害者達の無言の姿に思えてくる。…
羽を伸ばす事もできず、ただ声を出すことすら叶わない。
被害者の姿でもあり、インドネシア国家そのものの姿なのかもしれない、と思えてくる。

「こんな段取りじゃなかったはずだ!」と怒り出す人も居た。「ジョシュアの話と違うだろ?」なんて言葉も出てきていた。「ジョシュア、もうあなたのことは嫌いになった。もう出て行ってくれ」と拒否反応。
隠されていたかさぶたが無理やり剥がされた感。これは『アクト・オブ・キリング』とはまるで違う。

前作では、ロールプレイングという手法を用いていた。「実際にあったことを再現させる」という中で思ってもみない加害者の反応を呼び起こしていた。だが、風変わりなイメージ映像を付け加えたり、ドキュメンタリーと演出のボーダーラインがあやふやに感じられ、複雑な味わいになってしまったのも事実だった。

しかし実際は、『アクト〜』の素材がすでに手元にあった状態で、こちらを着手していたということなので、言わば同時期。どちらを先に発表するかはジョシュア・オッペンハイマーの判断次第、ということだったわけだ。加害者視点のドキュメンタリーであった『アクト〜』を先にしたことで、インパクトは確かに十二分に大きかった。こちらの作品を改めて見ると、ギミック感すら漂う『アクト〜』が、こちらの前章だったようにも思える。そう考えると、ジョシュア・オッペンハイマー…なかなかやるな!と前作まで好意的に思えてきた。
だって、こちらは本当に傑作だもの…。多くの人に見て欲しいはず。人の注目を得た上で発表するのとそうでないのは大違い。

今作は、妙な映像は差し挿んではおらず、ロールプレイング演出という逃げも無い。
真実を追いかけてゆく姿には『ゆきゆきて、神軍』のインドネシア版と感じる人も多く居るだろう。誰も責任を取る者が居ない辺りには、『ハンナ・アーレント』を思い出す人も居そう。
私は、大虐殺を扱った人類史上稀に見るドキュメンタリー群に、こちらの名前も当然加えたくなった。
ナチスの大虐殺を扱ったクロード・ランズマンの『SHOAH ショア』、カンボジアの大虐殺を扱ったリティ・パニュの『S21 クメール・ルージュの虐殺者たち』。

そして前作同様、エンドロールに居る“ANONYMOUS“の多さに、未だ政治的に壊滅状態であり続けるインドネシアの姿を感じる。

 

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コメント(4件)

  1. とらねこさん☆
    これは本当に傑作だったよね。
    あの大写しになる被害者遺族の目、加害者の目。
    そして小さな飛び跳ねる豆。
    映像も美しくて、豆の中で飛び跳ねるけど殻を破ることが出来ない人々の苦悩が伝わってきたわ。

  2. ノルウェーまだ〜むさんへ

    こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
    被害者と加害者ばかりか、そこに居た傍観者の複雑な表情も容赦なく捉えてましたね。
    加害者がどんな風にラムリを殺したか、それを語るところを録画して、それをアディさんに見せるシーンがありましたよね。すごいむごいことをするなあと…。

    あ、この記事見つけたんですけど、この作品とアクト〜の背景について詳しく説明していますので、良かったら読むと良いかもです。
    http://writerzlab.com/look-of-silence

  3. 仰る通り、本作を観ると『アクト〜』は前振りに思えてきますね。
    単に加害者と被害者の視点の違いと言うだけではないとしたら
    『アクト〜』の外連味にも納得がいきます。

    それにしてもこれは2つで一つの作品と言ってもいいくらいなのに
    私が利用している映画館は『アクト〜』はやったのに
    本作は完全スルーだったんですよ~(涙)

  4. amiさんへ

    こんばんは〜♪
    仰る通り、この作品と『アクト〜』は二つで一作。
    記事にも書いたのですが、すでにこちらの作品が仕上がった状態で、「どちらを先に出すか」という状態だったそうなのですが、より衝撃度の高いあちらを先にリリースしたら、
    まんまと世間の賛否両論を煽り、話題作になったというところなのでしょうね。
    こちらの方は実際、公開規模も小さかったなあと思います。
    本当は『アクト〜』を見た人に、こちらも見て欲しいんですけどね。




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