これは本当に怖い 『アリスのままで』
50歳で若年性アルツハイマーに罹ってしまったアリス。闘病者本人の恐怖と丸ごと向かい合い、家族の思いも包み隠さず写し取った、“ただの良い話では終わらない”、真実味のある描写が心を砕く。
監督の一人であるリチャード・グラツァーは、自身が筋萎縮性に苦しみながらこの作品を撮ったそうで、
残念なことに公開前の2015年3月に亡くなっている。
アリスは大学教授で、その知性に自信を持った人という設定であるから余計に、記憶が奪われてしまうことが恐ろしかっただろう。
「積み上げて来たこと全てが奪われてしまう!」という彼女の心からの嘆きには、思わずハッとした。
アリスは毎日自分自身に記憶テストをすることを課し、それが出来なくなった際には薬を多量に飲んで自殺を測るよう、自身にインスタレーション動画ファイルをPCに置く。
”蝶”と名付けられたファイルは、彼女が美しかった儚い姿のままで死にたいという思いを感じさせるものだった。
介護する側の夫の思い、娘たちの思いにもリアリティがある。
妻の看病という最後の時期を過ごそうとするも、思いも寄らぬ病気の進行にショックを隠し切れない。愛があるから余計辛いのかもしれない。
忍耐強いとは到底言えないし褒めることも出来ないけれど、自分がその立場になったら…。そう考えると、美しい思い出を残しておきたい気持ちも分かってしまう。
娘たちとの関係性にも変化があり、ずっと仲良く過ごしてきた上の娘より、上手くいっていなかった下の娘の方が、いざという時に頼りになったりもする。母娘二人が喧嘩した後、和解するシーンに1番涙が止まらなくなった。
見事な映画だった。記憶を忘れてしまうアリスの本音と向き合い、その周りの人々の気持ちの変化や受け入れ方についてもありありと炙りだしている。傑作と言ってもいい作品だ。
しかし何より、思わず自分のことに思いを巡らさざるを得ない。これがまた恐ろしかった。
自分の場合、私自身の記憶低下を考えると恐怖だった。いやあ、もう冗談抜きに怖いでしょ。大学の頃記憶力の高さが自慢だった。それなのに今や…。ここ最近物忘れは激しく、良く知ってるはずの俳優の名前を思い出すのに時間がかかったり、記憶力の低下を如実に感じてしまうんだもの。どんどん馬鹿になってしまったそんな気はする…。自分では頭を使っているつもりだが、頭の使い方自体がまだまだ足りない気はする。ルーティン・ワークばかりが出来ても、頭を使っている内には入らないでしょ。きっと自分はボケてしまうタイプだろう。
自分のことを考えれば考えるほど落ち込んでしまい、ラスト辺りなどは何も考えられず真っ青になった。私はアリスほど能力的に優れている訳では全くない。そして、彼女の旦那は初めこそ優しかったし介護しようとしてくれていたが、私の場合はあんな風にはしてもらえないだろう、そればかりかケアしようと考えてももらえないだろう(そういうタイプではないので)。そして子供もいない。いやはや絶望的な未来が待っているのだろうか。ブルブル。
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コメント(4件)
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とらねこさん☆
何をおっしゃる~まだまだ若いのに。
私なんて元から何も持っていなかった上に、十分物忘れ激しくて、息子の塾の保護者会で先生の話メモするときに平仮名ばかりになって泣きそうだったわ(滝汗)
私はこの映画はちょっときれいに終わり過ぎてるなーって思っちゃった。
痴呆が進むとただボンヤリした状態になる前に、相当ジタバタしているはず。家族も本人も本当の恐怖はさほど描かれてないなぁって…
人によってはティッシュを美味しそうにパクパク食べたり、オムツの中身をむんずと掴んで口に運んだりするって…まだ入口だなぁと思うこのごろデス
ノルウェーまだ〜むさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございます。
私は本当、メモしておかないと右から左なので、もー死ぬほどメモ魔(汗)!
Evernoteとmacカレンダーが無かったらどうなることやら、と思うと恐ろしいです。
これは、ラスト部分の編集で苦労したでしょうね。
私も綺麗に終わっているとは思います。
おっしゃるとおり、認知症の本当の姿、可哀想に認知症になってしまった人間の醜い姿を晒し尽くすことは、当然選択出来たはず。
でも、認知症に罹った人間が“客観的に”どう見えるかは、もう大体皆知っていますし。
この作品は、むしろ“主観”のみを取り上げた。
私はむしろこの作品では、まさか無関係であったと思っていた自分が罹ってしまった、
誰しも罹ってしまうかもしれないという“可能性の恐怖”をこそ描きたかったのではないかと思っています。
つまりそうすることで、「認知症に罹った人」と「これを見ている観客、まだ認知症に罹っていない人」の線引をしないことの効果が現れた。
だからこそ、私はここまで恐ろしく見ました。
これを見た人は今のところ皆、アラサーの人でも本当に恐ろしかった…と言っています。
これね、まだ若いとか、そういうことが問題ではないんですよね。
そして、私はこれこそがこの作品の意図していたところであり、成功だと思っています。
いわば“主観”のホラー。
POVホラーなんですよ。
若年性は進行の速さに本人の意識が追い付かない恐怖がありますし
老人性認知の方が穏やかに進行するためか介護する側にも
しっかりとした冷静さみたいなものがあります。
自分が自分で居られなくなるって、本当に怖いですよね。
あそこまで重症化した妻を残し転勤する夫の行為は真似したくないな^^;
itukaさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
お、itukaさんもご覧になりましたか♪
そうそう、若年性と老人性痴呆ではもちろん違いますもんね。
将来、全世界的に高齢化社会であることから、老人性痴呆を多く取り上げた作品は今後増えると思われます。
老人性痴呆ならまだ納得も行くことでしょうが、若年性の方は予想もしていなかった家族たちの軽蔑の視線などが…辛かった〜
私、あの夫はある種、正直だと思ってしまいましたよ。
「君の知性が好きなんだ」なんて言ってましたよね。
それが目の前で崩れていく姿を見るのは、本当に悲劇かも…。