『不眠症(上・下)』 by スティーブン・キング を読んだ
私は15才の頃からのキングファンで、初めて出会った『スタンド・バイ・ミー』(恐怖の四季・春夏編)以降は、忠実に処女作から辿って読んだ。『恐怖の四季』シリーズはもちろん、『デッドゾーン』や『ミザリー』、『シャイニング』には心底魅了された。『ペット・セマタリー』も心から好きだった。
熱烈なファンではあったのだけれど、『トミーノッカーズ』、それからその翌作の『ダークハーフ』に至ってはかなりガッカリさせられた。キング自身が自分との戦いに苦しんでいるような、作家の苦悩が一番に感じられる瑣末なアイディアで、“想像力の枯渇”を感じさせる駄作だった。キングも中学時代に読んでいたその他の作家たち同様、自分が成長すると途端につまらなく感じるような、“通過する”タイプの作家だったのか、とガッカリした。
キングをもう一度読み始めたのは『グリーンマイル』から。雑誌形態で毎月薄い文庫本が出版された。そうすることがキングの意向だったのだけれど、これがとても楽しくて、ああ、あの頃は翌月に本屋で買うのが本当に楽しみだったな!キングが“戻ってきた”、饒舌で人を奮い立たせる文筆力が、また戻ってきていた。
その後、『ドロレス・クレイボーン』を読んで、昔のキングとの違い(特に女性の描写)を感じたものだし、『アトランティスのこころ』に至っては、キングがよくあるホラーの潮流とは違うタイプの、新鮮なストーリーテリングの魅力を発見出来たことに驚いた。その時、「どうやら、キングは0年代以降もしばらく大丈夫そうだな!」と安心したのを覚えている。『ドリームキャッチャー』に至っては、『スタンド・バイ・ミー』のセルフパロディ的でありながらも一周回ったクレイジーさが感じられて、これはこれでクリーンヒットである。(ただし、映画の方は相当おかしな事になっているけれどw。こちらの方は、“珍作ホラー好き案件”の棚に入ってしまう。)
こちらの作品『不眠症』は、熱心に読んでいない時代のキングだった。おかげであまり期待せずに読んだのだけれど、今読めば、『グリーンマイル』に通じるようなテーマも活き活きと描かれているし、『IT』や『ドロレス・クレイボーン』『ローズ・マダー』を感じさせる部分もある。
この作品ほどプロットを丁寧に扱うキングは珍しいぐらいで、筆圧の高さを感じる。
相変わらずデリーの町は厄災続きである。
しかし、ここでの反社会的抗議活動 ー アメリカの保守的な田舎町における、人工妊娠中絶に狂信的に反対する妄信的キリスト教信者達については、この時代にはあり得るリアリティを持った描写に驚く。ちょうど体外受精手術なども出始めた頃であるから、この逆行的な人々の不信が余計、頑迷に感じるのだった。
『ダークタワー』シリーズのローランドの記述と被るが、トールキンの『指輪物語』の堂々とパクった部分に関しては、少し評価が落ちる。それでも、小人の3人の医師に関しては、紛れも無くキングのオリジナル的な恐ろしさであるし、フレッシュな魅力満載に思えた。
不眠症を患う、長い一日を過ごす絶望的な老人の日常から、別の世界が見え始める辺りなど、丁寧な描写があったからこそ、彼にその後訪れた幸福を喜ばしく思う。
爺さんと婆さんが世界を救う(デリーという小さな町を救っただけだけれど)、というメインプロットには、心から応援してしまう魅力がある!彼らが若返ってもう一度愛しあうなど、なんとロマンチックなのだろう!
まあ、いつものキングではある。人工甘味料と着色料でいっぱいの、カラフルなお菓子。アメリカっぽくて、ポップで、だけどいくつになっても嫌いになれない。
2015/04/20 | 本
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