現代アジア映画の作家たち特集⑴アスガー・ファルハディ『砂塵にさまよう』『美しい都市(まち)』『火祭り』
『砂塵にさまよう』
アスガー・ファルハディのデビュー作。荒削りでミニマルな作り、これは少し意外だった。
好きな女性と結婚したものの彼女の母親の素行に悪い噂が立ち、自分の意に沿わないままに離婚させられてしまう。それでも健気に彼女への慰謝料のため一発奮起して、砂漠で蛇を捕まえひと財産作ろうとする。葛藤しつつもおどけてみせる若者の姿が、切なくも可笑しい。コメディタッチな印象も。
ドラマを描きながら現代イラン社会を透けて見せる辺り、ファルハディらしいと言えばらしい。
’03年、イラン、原題:Dancing in the Dust
監督・脚本・美術:アスガー・ファルハディ、撮影:ハッサン・キャリミ、音楽:ハミドレザ・サドリ
出演:ファラマルズ・ガリビアン、ユーセフ・ゴダパラスト、バラン・コーサリ
『美しい都市(まち)』
ファルハディ二作目にして、すでに今のテイストにも通じるものがある。また荒っぽい魅力も満載!かなりの力作。
知り合いに会ったので感想を聞いてみたところ、最近のファルハディ作品よりこちらの方がずっと良かった、と言っていた。確かに、『別離』や『彼女が消えた浜辺』以降は端正でパーフェクトな印象が強い。『別離』でファルハディのテイストが合わない人も、こちらを気にいることがあっても不思議ではなさそう。
少年院で18歳の誕生日を迎え、嘆き悲しむ青年アクバル。涙の理由は18歳になると同時に死刑になるからだという。それを知って驚く親友のアーラ。アーラは、アクバルの姉フィルゼー(バツイチ子持ち)と、死刑を何とか回避すべく被害者の父親を懐柔しようと奔走する…。
イランの少年法のしくみに驚いたばかりか、その死刑の適用の仕方にも驚いた。被害者の遺族の気持ち如何で死刑を望んだり、はたまた早めたり、あるいは撤回も出来るんだ!と驚きの連続だった。もちろん、その中での人の気持ちや、その変遷の描写も圧巻。
しかも不思議な事に、他のどのファルハディ作品を忘れてもこちらは忘れられないだろう、そんな独自性もある。
’04年、イラン、原題:Beautiful city
監督・脚本:アスガー・ファルハディ、撮影:アリ・ログマニ、撮影:ホセイン・ジャファリアン、音楽:ベイマン・ヤズダニアン
出演:ヘディへ・テヘラニ、タラネ・アリデュスティ、ハミド・ファロクネジャード
『火祭り』
ファルハディ3作目にして、今のスタイルが完全に確立されている見事な一作。
『別離』を思い出すような作りで、アパートの一室を元に物語が展開していく。
タイトルの“火祭り”とはイランのお祭りのこと。クライマックスに使われていたけれど、火祭りよりむしろ旦那の“火遊び”が原因で、家の中の方が“火祭り”、大騒ぎな一日だった。“ライターに着火する”等、象徴的な意味合いがこめられていて思わず唸った。
夫婦喧嘩で窓を旦那が壊してしまうという一件もあるが、隣の奥さんとの一件が明るみに出ないよう、わざと外の喧騒の音で誤魔化せるように旦那が窓を壊したのだろう。この“窓”や“壁”の扱いも象徴的で面白い。
ある家族の隠しておきたい浮気騒動が、じわりと明るみに滲み出てくる様が見事。泥沼に巻き込まれた掃除婦の若い女性も、まさにこの週の金曜にこれから結婚しようという、嫁入り前の娘で対照的だった。彼女のチャドル一つで真実が明るみに出る。(ガラかめの“スチュワートの青いスカーフ”みたい!と感激w)
’06年、イラン、原題:Fireworks Wendesday
監督:アスガー・ファルハディ、脚本:アスガー・ファルハディ、マニ・ハギギ、撮影:ホセイン・ジャファリアン、音楽:ベイマン・ヤスダニアン
出演:ヘディエ・テヘラニ、タラニ・アリデュスティ、ハミロ・ファロクネジャード
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