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『フォックスキャッチャー』 “狐”の正体とは

2015-02-26_2351こちら、評判がパッカリ分かれているが、私はなかなか面白かった。不穏な空気に包まれ、冒頭からどこか居心地の悪い緊張感が漂う。『カポーティ』でもずっとあった、重苦しく淀んだ空気。
アカデミー主演男優賞ノミネートのスティーブ・カレルは、鷲鼻(“イーグル”の由来?)の付け鼻をつけ、目ぶたも一重風に見えるよう特殊メイクをして、喋り方までずっと違う調子。まるっきりの別人で驚いた!コメディ俳優である一方、もともと抑えた感情で見せる演技達者な人だったけれど。

さらにマーク・ラファロ(デイブ)とチャニング・テイタム(マーク)は、体を徹底的に作りこんでいて筋肉隆々。彼らのレスリング練習風景は、まるでゴリラのじゃれ合いのようだった。この彼らの“猿っぽさ”は、後に使われる台詞にも通じ、あまりにも効果的だったのだけれど…(笑)。
兄弟葛藤と立身出世への暗い願望で、マークの精神状態は初めから不安定だ。いつも兄の影に隠れていたことは、何より彼自身が一番良く分かっている。またすでに一度金メダルを獲っているために、奪取よりその保持が大事になっている。つまり、自信がありながらも守りに入る気持ちにあったわけで。彼のポッカリと空いた穴を、”途方も無いお金持ち”が彼のドリームチーム、“フォックスキャッチャー”のスポンサー兼、”師”になろうと言い、彼に手を伸ばしてきた…。
この先、ネタバレです。


冒頭から暫くの間、チャニング・テイタムの表情は固くこわばっていて、緊張と不安の混在する表情をしている。彼の笑顔が出るようになるのは、デュポンとの絆が深まってからだ。
デュポンはおそらくそれとなく同性愛者の毛があったのだろうと私は見ている。しかしそれ以上に、自分が相手を完全に支配下に置いていると認識するために、夜中に突然部屋を訪問したり、レスリングのコーチを言いつけたり、スピーチに付きあわせたりもする。相手の自分への忠誠を確かめているかのようであるけれど、いつも彼の感情は読めないまま。何を考えているのか底知れない印象で、もし私なら彼の無表情を見ただけで、心を許すことがなかったと思う。しかしマークは、持ち前の忠誠心と、困っていた時に助けになってくれた彼への感謝と恩義を熱く感じていて、言わば立派な忠犬ぶりを発揮する。とある決定的な瞬間により、そうした思いが壊れる時までずっと、真っ直ぐにデュポンを尊敬をし続けていたようだった。

先ほど“主演男優賞”と言ったけれど、この主役デュポンへのスタンスの取り方が少し捻った脚本になっていた。観客はずっとマーク(チャニング・テイタム)の目線に沿った物語進行で見ていき、そしてマークのデュポンに対する思い、尊敬や親愛の感情(父親的なものに対する彼への思慕)が完全に失われた時点で、マークの感情から離れて物語が進んでいく。心を閉ざしてしまったマークはもはやデュポンの支配下には居らず、デイブ目線で物語が進行していく。デュポンの気持ちもマークからデイブに移っている。

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デイブに対して突然発砲したデュポンは、人の心が分からない人物ではなかった、頭の良い人だったのだと、私はそちらに驚いた。コミュニケーション下手であるが故に、相手の気持ちもちゃんと理解できていないのかと思っていたのだ。だからこそ、彼の“怒り”に驚いた。これについて少し考えてみたい。
その前のシーンはあの突然の発砲事件と呼応している。デュポンのドキュメンタリー番組の製作の一場面だ。デイブへのインタビュー撮りで、彼は本心ではデュポンを尊敬しては居ないのだ、ということが分かる。デイブにとっては上手くやり過ごさなければいけない相手、彼の大事なスポンサーであり、困ったスピーチをしたり要求を突如してくる相手だ。デュポンの不気味さや不完全さもデイブは見抜いていたので、観客には彼の気持ちはすごく分かる。だからこそ、あのデュポンの突然の発狂は驚きでもあった。デイブが何一つ間違ったことをしていないことを、観客は知っていたから。

でもデュポンは、真実を分かってしまったのだ。あのドキュメンタリー番組のところで、デイブのインタビューが映ったシーンは“無かった”。それらは使えない代物だったから編集でカットされたのか、それとも省略されているだけで、デイブのインタビューは一部映ったのかは、観客である私たちには分からない。ただ、あのカメラが真実を映し出してしまったことを、私たちはよく知っている。
デュポンの精神、愛情を求める心の根っこの部分は、子供の頃からずっと求めながらも母親の愛を決して得ることがなかった、見捨てられた子供のままだ。自分に決して振り向いてくれない、自分を一切認めてくれない母親。一番認めて欲しかったその相手から、常に厳しい態度で接し続けられたが故に、コミュニケーションがあれほど下手なまま成長することが出来なかったのだろう。感情を決して外に出すことが出来ない彼のコミュニケーション・スキルは、“障害者レベル”だ。さらに金持ちであるが故に、相手の気を引く必要がないため、そのやり方を知らない。相手は常に勝手に自分に節度を持った関わり方をしてくれるのだろう。

ふと思い出したのは、私の大学時代からの親友のことだった。彼女は地元の長者番付で一位になるような地方のお金持ちの娘だった。彼女は中学の頃、一番仲良くしていた貧しい友人に、お金を与えたりしたことがあったと言ったことがあった(デュポンの”告白”と一緒ですね)。彼女は、「お金で友情を買うような行為は、今後二度としないようにしようと思った」と言った。私は、その通りだと答えた。彼女は本当に心根の優しい子だったから、素直に善意の気持ちでお金をその女の子にあげたのだろう。だがその善意が”お金”という対価に変わった時、相手に起こしたその変化を、彼女は正確に汲み取ったのだろうと思う。私は「金の絡む友情はあり得ないよ」と、確か『走れメロス』を元にして持論を語った(w)。

残念ながら、デュポンは地元の名士程度の金持ちと違い、桁外れの金持ちだった。そのために「金で買えない物は何も無い」という思いのまま、それを覆す相手が現れなかったこと、それは悲劇だった。実際、「金で買えない」とマークが言っていたデイブも結局は、破格のオファーを受けて引っ越して来た訳だし。

「日曜は家族サービスの日だから」という家族思いの一言も、ことによると想像以上に堪えたのかもしれない。しかし、あの番組が決定打になった。コミュニケーションが不得手で感情を出すことが出来ないながらも、実は正確に人の心が読めるからこそ、“あの頃”のマーク(父親を求めていたマーク、勝利をデュポンと抱き合って喜んだマーク)の感情に嘘がなかった事を、ありありと理解してしまったのだろう。確かに金はキッカケになっていたかもしれない、だがマークの敬意 ーそれは無心の愛と言ってもいいー、これは“本物”だった。それこそが彼が一番求めていた“狐”の正体だ。この本物と“比較”してしまうと、デイブの気持ちが本物ではないことを、彼の気持ちに“嘘”があることを、見抜いてしまったのだ…。それがこの物語の悲劇の本質だった。

300x
顔、全然違うでしょ!?

’14年、アメリカ
原題:Foxcatcher
監督:ベネット・ミラー
製作:ミーガン・エリソン、ベネット・ミラー他
製作総指揮:チェルシー・バーナード、ロン・シュミット他
脚本:E・マックス・フライ、ダン・ファターマン
撮影:グレッグ・フレイザー
音楽:ロブ・シモンセン 音楽監修:スーザン・ジェイコブス
キャスト:スティーブ・カレル(ジョン・デュポン)、チャニング・テイタム(マーク・シュルツ)、マーク・ラファロ(デイブ・シュルツ)、ヴァネッサ・レッドグレーブ(ジーン・デュポン)、シエナ・ミラー(ナンシー・シュルツ)他

 

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コメント(4件)

  1. 最初に兄の家に訪問したときから心打ちのめされたんでしょうね。
    惚れたけどそれに応えてくれない苛立ち全開であんなことに!
    って、これってちらしからネタバレしてるのもどうかと思いますよね。
    ちなみにワタシ、前情報完全シャットアウトしてるので
    かなりの衝撃でした(笑)

  2. itukaさんへ

    こちらにもありがとうございます♪
    私も前情報一切カット派ですよ。予告も出来るだけ見ませんし、俳優が誰かもよく分からずに見るぐらいです!(笑)
    ただね、デュポン氏って“統合失調症”と診断が下されてるらしいです。ゲイではなく。
    その点少し事実から離れた描写だったのかもしれませんね。

    これ、デュポン氏の実際のドキュメンタリー。
    映画見てからこれ見ると本当怖いです。
    https://www.youtube.com/watch?v=D4WOqUkJmFQ&feature=youtu.be

  3. う~。
    読んでいて少し重苦しい気持ちに。
    「金(かね)」というこの響きが、
    「マネー」というのとは違って
    生臭くなるんだなと、
    いまそう思いました。
    すみません。
    映画とは少し離れてしまいました。

  4. えいさんへ

    こちらにもありがとうございます。
    読んで重苦しい気持ちにさせてすみません。
    私にとってこの作品は「お金で買った友情の話」でした。
    初めから間違っているのに、それに忠義心を求めたデュポンがいけなかった。
    “スポーツマンシップ”や“友情”からかけ離れた“お金の匂い”が濃厚にする映画だと思いました。

    あっ。兄弟葛藤も、もちろん…。




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