ホフマンのラストワードが痛々しい 『誰よりも狙われた男』
フィリップ・シーモア・ホフマンの訃報を聞いて、何故だか妙に胸を痛めたのがまだ今年の話。もしその死からすぐにこの作品がやって来ていたら、彼に再び会うのがここまで辛くはなかったかもしれない。この作品が公開されることを知った時には、すぐにでも見たいと思ったのに、いざ見る機会が訪れる段になり、何だか会うのが辛くなってしまった。さらに作品の方も、これがホフマン最後の作品とは…。ザラザラとした後味のまさに砂を噛むラスト。心の底から振り絞るような「Fuck!!!!!!」、あれがスクリーンで見る彼の最後の姿だなんてね。
アントン・コービンは、『コントロール』というジョイ・ディヴィジョンを描いた映画がとても素晴らしかった、フォトグラファー出身の監督。音楽ネタ、ミュージシャンを描いたもので生涯ベストを作るなら、私は必ず『コントロール』がベスト3に入るし、あなたがもし同じく音楽映画ベストを選出して、この『コントロール』を入れないなら、私はあなたと気が合わないだろうと思う。写真家としては『Cut』などの雑誌でチラと目にしたことがある程度だけれど。
この作品は地道にカットをコツコツ繋いでいくだけの、さして派手なシーンも無い作品だった。それはホフマン演じる主人公が積み重ねてきた、地道で長い道のりを思わせるものと同様に。しかしクライマックスに向けて作戦の突破口が見え始めてきてようやく、希望の光が射し始める。海老で鯛を釣る式の芋蔓式に連なるこの作戦の、その全体像が見えてくると、画期的なクレバーさと類を見ない平和的な算段であったと分かる。祈るような思いでその顛末を見つめる観客の私たち。
だからこそ、ラストはよりキツいものに思えた。この世界のままならなさに自失し、虚しさを噛みしめる、断腸の思いが充満するラスト。「Fffffff…fuckkkkkk!!!!」、もうそれしか出て来ないよな、ホント…。
この先、ネタバレ******************
ドイツ諜報機関側のホフマンを平気で裏切る、CIAアメリカ。特にロビン・ライトの役柄は、ああした行動を取っておきながらおそらくは、それが「この世界がより良くなるやり方である」と思っている。だから、あそこであの選択がやれてしまうのだよね。しかも一度ならず二度までも。あの断絶感はすごかった。狙われていたのは本当の意味で誰であったのか…。実際にあんな風にして、平和的な解決や心からの祈りが、勘違いした底の浅い正義感に踏みにじられてしまうのだろうな。本当にやってられない。Fuckな世の中だわ。クソが。
’13年、アメリカ、イギリス、ドイツ
原題:A most wanted man
監督:アントン・コービン
製作:スティーブン・コーンウェル、ゲイル・イーガン他
製作総指揮:ジョン・ル・カレ、テッサ・ロス他
原作:ジョン・ル・カレ
脚本:アンドリュー・ボーベル
撮影:ブノワ・ドゥローム
音楽:ヘルバート・グリューネマイヤー
キャスト:フィリップ・シーモア・ホフマン(ギュンター・バッハマン)、レイチェル・マクアダムス(アナベル・リヒター)、ウィレム・デフォー(トミー・ブルー)、ロビン・ライト(マーサ・サリヴァン)、グレゴリー・ドブリギン(イッサ・カルポフ)、ホマユン・エルシャディ(ファイサル・アブドゥラ博士)、ニーナ・ホス(イルナ・フライ)、ダニエル・ブリュール(マキシミリアン)
2014/11/12 | :サスペンス・ミステリ アメリカ映画
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とらねこさん☆
「Fffffff…fuckkkkkk!!!!」の書き方が実に巧い!
まさにそんな風に叫んでいたね。
そしてまさにそれがこの映画の心情を物語っていたという。
地味な積み重ねのスパイ映画、リアルさがあってとっても気に入った私でした。
ノルウェーまだ〜むさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
本当、「Ffffff…」て言ってましたもんね♪
確かな手ざわりの映画で、素晴らしかったですね。
「誰よりも狙われた男」
諜報物として大変質の良い作品な上にフィリップ・シーモア・ホフマンの遺作である。だから襟を正して観なくてはならない。邦題の付け方も粋だ。そして襟を正して観ていると、フィリ…
ラストの四文字言葉が全て。
これほど重く、心に響くFACKは無かったです。
しかしとても悲しいことなのですけど、ホフマンの遺作が本作というのはなんというか、物凄くらしいなあという気もするのです。
ある俳優の生き様を映すというか、劇中のギュンターがホフマン本人にかぶって見えました。
ノラネコさんへ
こちらにもありがとうございます♪
あれースペルが間違っている〜笑
んーと、レディが相手だからわざと違う言い方をしたんですよね?w
お気遣いありがとうございます。
ホフマンの主演作の遺作、この事実がまたこの作品に重みを与えてしまいましたね…。
この作品をベスト10に入れるのは案外少ないかもしれませんが、これは地味ながら心に残る作品になりそうです。
アントン・コービンには今後も期待します。