『野いちご』『冬の光』『夏の遊び』@ベルイマンの黄金期特集
野いちご
「タルコフスキーのオールタイム・ベスト」などと言われたら、万難を排してでも行かなければならない!と、軽やかに初のベルイマン。これがあまりに傑作だった。これはこれは、足を運ばなければいけない映画特集が、どうやらまた出来てしまったようだ…。うーん、映画好きに終わりは無し。
78才の老人の、人生のとある大事な一日。平凡なようで実は平凡じゃない、彼の心にとって重要な示唆をいくつも残す。この一日のおかげで彼の人生に深みが生まれるんですね。うーん、素晴らしい!
トラウマ混じりの白日夢が、彼の現実に交錯する。現実を生きながら同時に過去をも回想する、意識の流れ派的な描写とも言えるし、フロイト以降の精神分析学を投影した作品、とも言えるのでは。
冒頭からして凄いんですよね。「まず友人関係などと言うものは、その人の居ないところで悪口を言うことが全てであるものだから、自分は今まで友を作って来なかった。」という一文で始まる。こ、これはステキな始まり出し!一気に膝を乗り出し、前のめりになることしきり。
確かに否定できない側面もあると思う。友情との関係で一番面倒臭いものを全面的に排してしまうことができたら、なんと気楽なものだろう。さらにこの老人の、家族との人間関係も描かれる。そうした面倒臭さを避けようとするあまり、人間味の薄い、人より少々高みに自分の身を置く傾向があり、自分の想像以上に息子の嫁に嫌われてしまっているし、家政婦とも憎まれ口を叩き合い、心の通わないコミュニケーションを取っている。
彼が人間に対して、基本的に不信感を抱くに至った出来事は2つあり、これらが白日夢混じりに描かれる。1つは若い頃交際していたガールフレンドで、おとなしくて優しい彼を愛しながらも、野蛮で女好きである彼の兄弟に心惹かれ、結婚に至ってしまったこと。それから、彼の妻の不貞行為を目の当たりにしてしまったこと。彼女ら二人の女に共通しているのが、彼が紳士的でありながらも、どこか人間を上から見ていて、そうした平凡な人間の感情面へ関わろうとはしない姿勢。つまり、平凡な人間の情緒を“野いちご”に見立て、彼が避けて通ってきたものを鮮やかに描き出す。
彼の医学博士としての栄光、その捧げた一生を称える授賞式に参加しながら、彼にとって一番うれしかったのはおそらく、路上で偶然に出会いヒッチハイクした3人の若者からの賛辞だったのかもしれない。それから、息子の嫁との心のふれあいと、彼女の結婚生活のわだかまりを説いてあげることが出来たこと。目には見えなくても、彼の心の中で静かに変化が起き、家政婦へも思いやりの一言を投げかける。不思議なまでに幸福感に満ちた思いがした。“人間の幸福”について考えさせられる。
’57年、スウェーデン
原題:Smultronstallet
監督・脚本:イングマール・ベルイマン
撮影:グンナール・フィッシャー
音楽:エリック・ノードグレーン
キャスト:ビクトル・シェストレム(イーサク・ボルイ)、イングリッド・チューリン(マリアン)、グンナール・ビョルンストランド(エーヴァルド)、マックス・フォン・シドー(ガソリンスタンドの店主)、ビビ・アンデショーン(イーサクの婚約者サーラ/女学生サーラ)、グンネル・リンドブロム(イーサクのいとこ)
冬の光
『鏡の中にある如く』、『沈黙』とこの三作で「神の沈黙」三部作。大きな悲劇があるのではなく、卑屈で小さな日々の死があるだけ。
妻を失って以来信仰を失い、聖職に対しやる気を無くしている小さな漁村の牧師。もうすでに神を信じてはいない一人の牧師を中心に語られる。自殺願望のあるガソリンスタンドの店主(マックス・フォン・シドー)と最後に対話をするが、彼を引き止めるに足る説得力が無い。「考えても無駄な悩みは忘れてしまえ、自分も信仰も思想も無い」というような言葉をかけ、結局男は自殺してしまう。この言葉は彼の本当の気持ちであったから余計根が深い。牧師としてとしては失格であったかもしれないが、力及ばずとも人間として本気で彼に向かった本音の言葉だった。相手の心に少しも響くことのない空虚な言葉だったが…。
その後の、愛人とのあらましがまた。いたたまれないほど冷ややかに抉られる。こういう心にズッシリと来る描写がベルイマンは特に上手くて、私は心をググッと掴まれてしまう。特に夫婦やカップルの、愛憎入り混じった積年の感情の歪み。これを描かせたらもう一級というか、ハネケなんか足元にも及ばないほど鋭く痛い。イングリッド・チューリンは元々は美しい人だと思うが、ブス演出とブス演技が効いている。「その近視が嫌だ」に始まって、自分の機嫌を探るようなオドオドした態度が嫌いだとか、彼女が行き遅れであることを気にしながら、遠慮がちにしつこく付きまとってくる、その顔を二度と見たくない…と言ったような、言葉の暴力の数々。しかし結局彼女の車で(そして彼女の運転で)、信徒の家(自殺した男の妻)まで行く。居心地の悪さがもうたまらない!
ラストは究極に皮肉的だ。彼の説教を聞きに来る地元の信者はもはや誰も居ない。彼同様に神を信じていない、彼の愛人がただ一人そこに居るだけ。一体何を語るのか…というところで終わるのだから言葉を失ってしまう。ちょっとこれもう一回見たいな。W.S.バッハの荘厳さが宙を流れていくのが、これほどそぐわないなんてすごいわ。
’62年、スウェーデン
原題:Nattvardsgasterna
監督・脚本:イングマール・ベルイマン
撮影:スベン・ニクビスト
音楽:J・S・バッハ
キャスト:グンナール・ビョルンストランド、マックス・フォン・シドー、イングリッド・チューリン、グンネル・リンドブロム、アラン・エドワール
夏の遊び
ベルイマンの作品はどれもこれも、一度や二度で咀嚼出来た感じがしない。しかしこの作品は割合分かりやすいものだろう。自分の経験を元に作られた作品であるとのことだが、これがだんだんと癖になる。彼の作品はどれも自分には心に来るシークエンスがあり、ハッとする台詞がある。よくある青春の思い出を描いたものとは深みがまるで違っていて、そこに広く普遍的な意味合いを持たせることが出来る。文学的な印象が強いのはそのおかげだろう。
彼女にとっての“夏”を、そのままに描いてはおらず、すでに彼女にとって過ぎ去った季節から描き始める。枯れ荒んだ冬の時代。美人だけど頑ななオールドミスとしての“今”があり、そこに“過去”としての生き生きとした“夏”がある。恋の意味も分からずに恋に落ちる、純真そのものだった少女。
幸せの頂点から転げ落ちる瞬間、ふとした不吉さが岩肌から漂ってくる。その後叔父さんの元へ身を寄せるようになったのは、彼女にとっての“夏”の時代の終わり。彼女の時間が止まってしまう。しかし振付師のあまり嬉しくない口説きでもって、「見えない壁を築いたまま生きていく方が楽である」という叔父さんと“彼女の止まってしまった青春”をダブらせるシークエンスが見事だ。鏡の使い方は“見えない壁”を想起させる。そして彼女の止まっていた時間が再び動き出す。そこにはあの日記の存在がキッカケとして働いていたのだった。
’51年、スウェーデン
原題:Sommarlek
監督・原案:イングマール・ベルイマン
製作:アラン・エーケルンド
脚本:イングマール・ベルイマン、ヘルベット・グレベーニウス
撮影:グンナール・フィッシェル
音楽:エリク・ノルドグレン
キャスト:マイ・ブリット・ニルソン、ビルイェル・マルムステーン、アルフ・ケリン、スティーグ・オリーン
2014/08/27 | :とらねこ’s favorite, :ヒューマンドラマ スウェーデン映画
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それは血を分けた親子であっても今をときめく恋人同士であっても
現象としては他者とのそれであって …
あら?とらねこさん、ベルイマン、お初?
ある意味うらやましい。
彼の素晴らしさにドンドン触れる新鮮さ。
映画好きで人生の奥底覗きたい方なら
まんずベルイマンでしょう。
初期モノクロの傑作群から始めて
カラーで撮られた後期へと、
そのどれもが映画表現の宝石かと。
vivajijiさんへ
こんにちは〜♪コメントありがとうございました。
ジャック・タチに、ダニエル・シュミットに、ベルイマン。vivajijiさんが反応してくださって嬉しいわ!
そうなんです。お恥ずかしながら、初のベルイマンでした!こんなに素晴らしいとは。
ベルイマンはモロ好みでした。台詞の一つ一つを覚えたくなるぐらいです…。
という訳で、今度発売になるブルーレイBOXは2つとも買う予定です。高いけど…。
ということは、ここにある6つということなんですけど。
最近、多いですねー。劇場で特集やったら、その後DVDが出るパターン。
黄金期のベルイマンから初めてしまったので、今後ハードルがなかなかに高いかと思いますが、カラーの後期も見てみますね!
「野いちご」TBしましたが反映してないようなので、URLを載せておきますね。
http://bojingles.blog3.fc2.com/blog-entry-1942.html
って、以前に見たので記憶が薄れてますが…ベルイマンには惹かれます。理解できたなどとは言いませんが…。
「第七の封印」とか、まだ見ていませんが、見てみたいですね~。
ボーさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました!
TB反映されず、すみません…なんかあんまり調子が良くないみたいで。
『野いちご』、気に入ってしまいました。ベルイマン世界に入り込んでしまいますよね〜。
『野いちご』の好きな人は、『第七の封印』も絶対気に入ると重います〜!機会があれば是非に。