『足にさわった女』『不敵な男』『恋にいのちを』@増村保造特集
足にさわった女
んっ?増村監督にしては軽妙なコメディ。珍しいなあなんて思ったら、脚本が市川崑、さらに市川版『足にさわった女』と同じ脚本だそうで。増村にとっては師匠にあたる人、どうやらこちらに限って言えば市川版の方が評判が良いらしく。機会があったらそちらの方も見てみたい。
電車の中での出会い、電車に乗ったまま繰り広げられる軽い会話のやり取り。小説がそのまま飛び出した冒頭の始まり方がSFチックだが、現実も同じよう。小説家に女スリに、刑事が居て…その虚構世界に、ニヤリとする展開。わーい、喜劇だ!楽しそう!
電車の中だけでプロットが進んでいき、次第に人間関係が分かるようになっていく。この辺りも見事でした。女スリ(京マチ子)が、ハナ肇演じる追いかける北刑事を振りきって、湯河原で降りた振りをして車両を移動してペロっとまく…なんていうのも面白かったな。
ただ正直、京マチ子じゃなければもっと楽しめたかも、と思ってしまうのだけど、単なる趣味なのかしら。京マチ子ファンにはごめんなさい。
’60年、大映
監督:増村保造
脚本:和田夏十、市川崑
製作:永田雅一
撮影:村井博
音楽:塚原晢夫
キャスト:京マチ子(女スリ/塩沢さや)、ハナ肇(刑事/北八平太)、船越英二(小説家/五無康祐)、大辻伺郎(女の弟分/野呂走)、杉村春子(女万引き/築前春子)、田宮二郎(雑誌記者/花輪次郎)、見明凡太朗(警視)、多々良純(重役)、ジェリー藤尾(学生)、谷啓(列車ボーイ)、植木等(からむ乗客)他
不敵な男
川口浩と言えば、何故かボンクラ映画好き男どもが嬉しそうに語る「水曜スペシャル」の「川口浩探検隊」。私はちなみに『闇を横切れ』で初めて若い頃の川口浩を見て驚いたクチ。おじさんになってからと違って、当初はイケメンスター扱いされていたとか。確かに美形ではあるんだけれど、声があまりカッコ良くないんだよね。声のイメージって大きいものだなあ、とつくづく思ったりした。
この作品は、その川口浩の無頼派的な一面を全面に出した作品。さすが、美形派スター扱いを嫌がっていた人らしく、このダメ男役なんか演じていて楽しかったのではないかな。どこか癖のあるそれでいて真っ直ぐな感じが、川口浩にピッタリ。触ると火傷しそうな爆弾みたいな、暴力性溢れる若さ。
しかし、Wikipediaのページ、彼の出演作の『美貌に罪あり』と『闇を横切れ』、そしてこの作品が入っていないのね。ダメダメじゃん…。
シンプルなプロットの人間ドラマだけれど、増村流の重みのある感じが魅力の今作。
ラストの辺りの、主人公がだんだん追い詰められていく様を丁寧に追うところがイイ。何も持っていない彼がたった1つ、最後にこの世に執着をしめしたのが、彼を憎む女(野添ひとみ)だけ。ギリギリのところで愛憎劇が一変するところが胸を打つ。うん、なかなか良かったナ。
岸田今日子て、いつも不気味な存在感を放っているね…。
’58年、大映
監督:増村保造
脚本:新藤兼人
撮影:村井博
音楽:塚原晢夫
キャスト:川口浩(立野三郎)、野添ひとみ(山部秀子)、永井智雄(国広為吉)、有島圭子(妻文江)、山根恵子(娘美津子)、岸田今日子(咲枝)
恋にいのちを
え?!これ、そんなに人気無いの?何気なく評判を調べたら、口々にイマイチとか微妙とこぼしている人が。ソフト化されず上映も無いばかりか、画像だってこの作品全然出て来ない。面白かったという人ですら、“増村は駄作にこそ真価がある”などと褒めてる。「これはこれで」などと、どれもこれも楽しく見れてしまう私は、どうしようもないほどの増村狂だったりして!?個人的にそれほど好きでないのもあるけれど(『音楽』とか『氷壁』とか…)、今回もまた楽しめたし、昨今の邦画より何十倍も面白いよ!
それから、ヒロインの江波杏子を、“ファニーフェイスで変わった個性”と評価する人が居る様子。この辺で評価が別れるのかもしれない。この風変わりで男より上手で、「何を考えているか分からない」と思わせる魔性の女を、私はよく表現出来ていたと思うんだけどな。この作品の良いところは特に、彼女の個性が強烈に光っているところだと思う。
藤巻潤から求婚され、全く予想もしていなかった状態だったのに、ふと思い立ったように「いいわよ」と気軽に返事して、スッとうなじを仰け反らせてOKのキスをする。この演出が面白かった。かと思えば、社長の花田(山茶花究)にマンションをねだって愛人になろうとしたり、果ては脅してみたり。スルリと男の手を交わしながらも、殺人によって複雑に絡み合った人間関係の中で、したたかにたくましく奸計を巡らす。出来事に流されながらも自分の益のためではなく、むしろ楽しみだか暇つぶしだか、いかにも気儘な猫のよう。悪女と言うより、何も知らない処女の怖さというか、したたかな癖に純粋さを感じる。かと思えば、別の女との結婚を控えた藤巻淳に向かって、納屋の藁の上でゴロゴロと転がって「抱いてよ」などと妖艶に身をくねらせてみたり。ゾクっとさせるようなシーン。先のうなじを仰け反らせた仕草と相まって、すごく猫っぽいんだよな。
こういう女を、男はあまり評価出来ないんだろうか。私は彼女を見ているだけでとても面白かった。生意気っぽい処女って、世間で一番怖いものなしだと思う。
山茶花究が、オジサンだけどどこか真っ直ぐで狡さのない大人だったのも、好対照で良いし。あと、神山繁の安定した悪人感!
’61年、大映
監督:増村保造
脚色:川内康範、下村菊雄
原作:川内康範
製作:中泉雄光
撮影:小原譲治
音楽:西山登
キャスト:藤巻潤(加納清司)、大山健二(加納義次)、江波杏子(富士美琴)、水戸光子(富士照代)、浜村純(中溝泰助)、冨士眞奈美(花田いずみ)、山茶花究(花田重造)、高松英郎(玉井刑事)、倉田マユミ(竹林志津子)、神山繁(李玉堂)
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