『美貌に罪あり』『氷壁』『黒の報告書』@増村保造特集
美貌に罪あり
これから人生に乗り出そうという若い女性3人の群像劇を、ダイナミックに紡ぐ。とある由緒正しい屋敷を舞台にしており、今しも変わろうとするその時代の境目を捉えた。自分の人生を生き生きと過ごそうとする若い女性たちの青春と、家を何としても守りたい女主人(杉村春子)の思いがすれ違い、ラストは日本舞踊の踊りと共に、どこか切なく心に鮮やかな陰影を残す。
元は小作人を多く抱えた農園の大地主であったが、次第に土地は少なくなっていき、とうとう今は屋敷があるのみ。この屋敷も、土地開発で不動産業者にしつこく売るよう求められている。長女菊江(山本富士子)は新進気鋭の舞踏家・藤川(勝新太郎)と、周りの反対を押し切って駆け落ち同然の結婚をする。次女敬子(若尾文子)は農園の娘から、夢を叶えてスチュワーデス(この時代の言い方)になり、こちらも家を出て東京へ。誰も居なくなった農園を、口の利けない娘かおる(野添ひとみ)が手伝うが、蘭の刈り入れが済む前に全て枯らせてしまう。女主人ふさは仕方なく、とうとう家を手放すことに。
夏祭りの最中、周りの喧騒から離れて、今や売らんとガランした屋敷の中で行われる、杉村春子と山本富士子の母娘踊り(日本舞踊)が素晴らしい!夢のように美しい、カラフルなライトが灯り映像は交差され、まこと見事。クルクル回る二人の踊り手。1つの時代の終わりを嘆くことなく(彼女らは屋敷を手放さなければならない)、ただ踊ってみせる“最後の舞踊”。とても美しく、切なさが押し寄せて、思わず涙してしまった。
苦労しても泣き言1つ言わない、日本舞踊の踊り手(兼旦那を盛りたてる妻)役のである山本富士子もいい。彼女が終始和服なのと対照的に、若尾文子のコスプレも楽しい。若尾さんの明るさ、お転婆な様子はこの映画にカラッとした明るい彩りを添えていて、華やかだった。コスプレも楽しく、スチュワーデス姿や豪華なパーティードレスなども見ていて楽しく、少し生意気な若尾文子がまた憎めなくて可愛い。野添ひとみは喋らない役なので、いつもより良く見えた(失礼)。いじらしくて美しい。
ちなみにこれって、川口浩のお父さんの川口松太郎が原作なのね。川口浩も野添ひとみも結婚前に出演。
’59年、大映
監督:増村保造
原作:川口松太郎
撮影:村井博
キャスト:杉村春子(吉野ふさ)、山本富士子(長女菊江)、若尾文子(次女敬子)、川口浩(清水忠夫)、野添ひとみ(妹かおる)、川崎敬三(谷村周作)、勝新太郎(藤川勘蔵)他
氷壁
大映時代の増村保造作品。
雪山の登山風景をリアルにしっかり撮り、一体どうやって撮ったのか、まるで木村大作のような本格的な山岳映画になっていた。やっぱり山岳映画は私は好きだなあ…。眼前に現れる画を見て惚れ惚れ。しかしストーリーの方はというと…シリアスで重厚なドラマなのだけれど、どうも増村映画らしい切れ味の良さが感じられない。
切れないはずのザイルが切れ、小坂(川崎敬三)は山登りの途中で死んでしまう。美しい人妻(山本富士子)との別れを苦にした自殺か、もしくは本当の事故であったか…。それらに巻き込まれたもう一人の青年、魚津(菅原謙二)。微妙な空気について描く作品であるから余計、掬い取るが空振りのようで何となくモヤモヤ…。間違いも犯さず恋心も隠したままで、新しい恋人との結婚&人生を選ぶか、救いようのない恋か…結局、死を迎えてしまう。本当に不運だったのかどうなのかすら、真実は分からないまま。
’58年、大映
監督:増村保造
原作:井上靖
撮影:村井博
キャスト:菅原謙次(魚津恭太)、山本富士子(八代美那子)、野添ひとみ(小坂かおる)、川崎敬三(小坂乙彦)
黒の報告書
正直に言うなら、ストーリーとしてはさほど面白くはない。終わってみれば「あれっ」なんて物だったし、脚本の構造としてもそうだ。分かりやすい二極化でもって書いている。むしろそのシンプルさに驚くべき作品だ。「物語の展開はどう変わるのだろう、この辺で巻き返しを図るのだろうか」などとボンヤリ構えていると、そうせずに終わってしまう。がしかし、そこに見所を与え、各キャラクターの心理を巧みに描き出し、グイグイ引っ張る力がある辺りはさすがの増村。
若い検事の宇津井健と、老獪な弁護士の小沢栄太郎の攻防戦が見事。それから、被告人の神山繁の憎々しげな表情もいい。それから、ベテラン刑事の殿山泰司がまたさほど印象に残るようなシーンは無いはずなのに、妙に心に残る。
’63年、大映
監督:増村保造
撮影:中川芳久
音楽:池野成
キャスト:宇津井健(城戸明)、叶順子(片岡綾子)、神山繁(人見十郎)、高松英郎(草間検事)、近藤美恵子(柿本みゆき)、小沢栄太郎(山室竜平)、見明凡太朗(鳴海検事)、弓恵子(中里常子)、殿山泰司(津田進作)
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