脳内彼女決定版! 『her 世界でひとつの彼女』
スパイク・ジョーンズと言うと『マルコヴィッチの穴』『アダプテーション』を始めとして、私小説的な物語を作る作風の人、という印象が強い。自分の頭の中だけで展開していく、一風変わった物語。こうしたものが映画になり得るのか、と私なんかは、スパイク・ジョーンズ作品を見る度アメリカ映画の懐の深さが好きになっていった。だけど、そうした私小説的な作風だからこそ、苦手な人が居ても不思議じゃない。特に、『脳内ニューヨーク』においては、想像性が暴走し街を作り上げ、とうとう自分自身の脳内へ住み始める人間の物語だった。私の見た感想は、自身を特異な作家として確立させるための自意識が、いよいよ彼自身を苦しめ行き場が無くなっているように思えた。
今回の作品もまた、自分のPCのOSと恋に落ちる物語で、孤独の心地良さこそが一番しっくりくる、そんな根暗人種にはすごく腑に落ちる物語だった。iPhoneのSIRIなんかは喋り出すし、こうした作品がいつかは現れてもおかしくなかったのかもしれない。しかし繰り返すけれど、PCのOSと恋に落ちるだなんて、…。考えればものすごく馬鹿馬鹿しいのに、何故かこの作品が好きでたまらない。
それが何を表わすかについて考えさせる前に、映画としての肌触りが良く、この虚構の世界から出たくなくなる。これこそまさにスパイク・ジョーンズの真骨頂なのだろう。私にとってはそれこそが、彼を追いかけ続けて来た理由だし、孤独に世界に対峙する自身の行き場の無さ…そんなものを彼はずっと描いてきていると思う。これって、実は「現実の女性が辛い」という話ですよね。だから、アタマの中で理想の彼女を作っちゃう。例えば『ルビー・スパークス』なんかもそういう話だった。現実じゃなく、自分のアタマの中から生まれてきたからこそ、理想そのものである彼女。こうした話はいくつかパターンがあって、結局は生身を持った人間とのコミュニケーションが大事だよって話に落ち着くのが普通ですよね。でも、その当たり前のオチに行くまでに、ギリギリまで想像の世界に寄り添って、あり得ないそちら側をみずみずしく描いた。この手腕がスパイク・ジョーンズならではであり、ルビー・スパークスの出来なかったところだと思う。
この作品、よくよく考えればほぼホアキン・フェニックスの一人芝居だった。そんな当たり前の事実すら途中まですっかり忘れ、この世界に没頭してしまう有り様。もう一度見たくなるとしたら、彼の一人芝居に注目することとしよう。一方、スカーレット・ヨハンソンは声だけでめちゃめちゃ美人。『真珠の耳飾りの少女』を見た時は、彼女のような顔に生まれたかったと思ったけれど、今回は改めて彼女のような声に生まれたかったと思ってしまった。
’13年、アメリカ
原題:Her
監督・脚本:スパイク・ジョーンズ
製作:ミーガン・エリソン、スパイク・ジョーンズ他
製作総指揮:ダニエル・ルピ、ナタリー・ファーレイ他
撮影:ホイテ・バン・ホイテマ
音楽:アーケイド・ファイア、オーウェン・パレット
キャスト:ホアキン・フェニックス(セオドア)、エイミー・アダムス(エイミー)、ルーニー・マーラ(キャサリン)、オリビア・ワイルド(デートの相手)、スカーレット・ヨハンソン(サマンサ)
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her / 世界でひとつの彼女
題名を最初見たとき、「ひとつ」って何?
OSの人であって、でも、人ではないから「ひとつ」ってことね。
これまた何ともサツバツとした副題がついておりますが。
まんず、スパイ …
脳内彼女でしたねえ~。
でも楽しそうで、よかった。好きです。
色使いも、たぶん、あったか系だったので、観るほうも、ほんわかする効果。
ハスキーボイスになると、色っぽくなりますよ。風邪ひいてみてください。(笑)
ボーさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
あ、良かった!これ、好き嫌いで割とパッカリ分かれるんですよね。
実はこれ評価しない人の気持ちも分かる作品ではありましたが、私は好きですね〜
色使いがメチャクチャいいんですよね。すごく丁寧な仕事でした。
今度風邪引いたら、ボーさんに電話しますね〜^^
主人公だけじゃなくて、多くの人たちが最高に欲しかったものを手に入れたと思ってたら、結局それは勘違いだったよ・・・って哀しい話ですけど、なんだか詩的で心地良いんです。
結果的に人間はちょっとだけ成長して、寂しさを受け入れるしかないんだけど、スパイク・ジョーンズ独特の感情の寄り添い方を感じるんですよね。
まあ嫌いな人は嫌いな作品だろうけど。
ノラネコさんへ
こちらにもありがとうございます。
あれっ、ラスト、悲しいものだと私は思ってなかったり。
物語冒頭、主人公は離婚した後すぐで、そもそも人間と恋愛するパワーが無い状態のスタートだった訳ですから。
最後は、人間で似たもの同士を見つけるので、その相手との恋愛感情そのものは表示されてませんけれど、そう落胆するばかりな終わり方じゃないと思いましたよ〜。
とまあ、結構いろんな人といろんな意見を交わせそうな作品でしたよね。