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潤一郎ラビリンス<16> 戯曲傑作集 『お国と五平』『恐怖時代』他


成瀬『お国と五平』の原作が読みたくて手に取った。結果、「映画の出来は何と素晴らしかったのだろう」と感激。珍しいことだけれど、稀にこういうことが起こるのも楽しい。

谷崎潤一郎、全戯作24篇の中から、5作を掲載した一冊。谷崎の小説はこれまで何冊も手に取ったけれど、私は戯作は初めてだった。しかし谷崎の処女作は実は、小説ではなく戯作だったそうだ。さらにこの一冊は、谷崎自身が「戯作の傑作集」として選んだ11篇の中の5作。どう、期待出来るでしょう?

なんでも谷崎自身、「私は思ふ所があつて、“読むための戯曲”も決して一概に捨てたものではないと信ずる。読者はめいめいの頭の中に舞台を作り、照明を設け、自由に俳優を登場させて、それらの戯曲が与へるところの幻想を楽しんで下さればよい。…」。確かに、小説だ戯曲だと分けたり、構えたりする必要はないかもしれない。私はちなみに、戯曲を読むのは好きな方だ。慣れれば、映画好きにはきっと楽しめることだろうと思う。

『恋を知る頃』

さすが、谷崎の変態ぶりがよく分かる一篇だ。「もしかしたら戯曲だなんて退屈するのではないか」という不安がもしあるなら、この一作でそれを堂々払拭するだろう。可愛らしいタイトルでありながら、この救われない悲劇的なラスト!

ほんの12、3歳の年若い時分に、ファムファタ-ルに心を奪われ、恋を知ると同時に破滅する少年。いかにも谷崎らしいと言えばらしいか…。でもこの内容では、谷崎が生きている時分には舞台ではかからなかったらしい。それもそのはず。

『恐怖時代』

映画『おんな極悪帖』(’70、池広一夫)の原作。これまた一人のファム・ファタールが登場する。“傾国の美女”と聞くと、本人にその気が無くても、国を揺るがす美貌の持ち主、ということだと思うが、ファム・ファタールは、自ら悪事を好んで、色と欲にまみれた男達を滅ぼす奸計を働く悪女だ。そして、谷崎の描く悪女は、後者の方だ。彼女に関わった人物達は全員、死に絶える。残忍で血生臭い、お家断絶物語。趣味が良いとは言えないが、だからこそ面白い。しかし、一人だけ生き残った人物が。臆病でどうしようもない肝の小さい坊主、珍斎のみ。あまりのことに彼がヘナヘナとへたり込んで座る、ここで幕が降りる。これが、眼前に見えるかのようだ。思わず心の中で喝采。

映画の方もB級扱いされがちだが、私はもちろん好き。剣の腕前を誇る美青年、伊織之介を若い頃の田村正和が演じていて、あまりの美貌にたじろいだ。

『お国と五平』

映画の正式表記では『お國と五平』になっていたが、本の方はこの字の表記になっているので、こちらに合わせることとする。成瀬『お國と五平』、先ほども述べたがこれは大傑作だった。こちらの原作では、最後友之丞に二人が出会う場面だけで成り立ち、これまでの経緯は全て台詞の中だけで説明される。だが映画を見た人には分かる通り、極めて複雑な人間心理がそこにあり、また時間とともに変わっていったところが多分にあるはずである。だからこの戯曲はとても面白いが、非常に内容の濃いものだ。この作品は谷崎の全戯作の中で、回数が一番多く上演されたものだそうである。それも分かるほどの内容の濃さ。成瀬はその全ての細かな心の襞を、主要登場人物の心理を細かく描くことで、まるで丹念な模様の見事な織物へと作り替えたかのようだ!

『白狐の湯』

これまた幻想的な、泉鏡花を思わせる一篇。『恋を知る頃』同様に、年若い少年が自ら滅んでいく運命を辿る。古来日本は、狐について、葛の葉伝説につながる母への思慕と、男の精気を吸い尽くし破滅へと導く美女の誘惑という相反する2つのイメ-ジがあったという。少年は西洋婦人の”ロ-ザさん”に恋心を抱くが、彼女には疎まれている。だが狐が現れ、美しい場所へ連れて行きますよ、と言う。彼はそれに従い、死体となって淵に浮かび上がる。

松子夫人(谷崎夫人)の言葉を借りるなら、読み終わって後から思い返すに、目の前に浮かぶのは“渓谷の小屋から白い湯煙が夢のように立ち昇る”姿である。てらてらと怪しく光る蒼月に照らされた、妖艶な美女の白く眩しい裸体と、美しい輝く金髪だ。ところが目をごしごしと擦ると、白狐の毛並みがつやつやと光る白狐の姿へとふと形を変える。そんな幻想的イメ−ジが心の中に繰り広げられる。

少年を忌み嫌う現実の女と、その美で自分を滅ぼす夢の世界へと手を差し伸べる、この世ならぬもの。どちらに心を預ける方が幸せであるだろうか。…

若い頃谷崎を読んでいて感銘を受けたところは、世間の常識やル-ルといったものに縛られない、まさに跳梁跋扈蔓延る人間の心の奥を描くところだ。また谷崎の世界にドップリと浸かりたくなる!

無明と愛染

本人も認めているように、第二幕までで素晴らしさが終わっている。残りの展開は少し生真面目な気が。とは言え、かつて愛染の色香に迷い、出家することとなった高野の上人が、血も涙もない悪女(ここにもファム・ファタール登場)に再び出会い、毒殺されてしまう。苦しみ悶えながらも、彼女の姿を観世音菩薩と見まごい、息絶えていく。泥棒の無明は光を見るラスト。決して出来の良い作品ではないが、ラストの人間の2つに分かれる生き方に、好対照が光る。寒々しさを感じていいのだ。

 

2014/05/22 |

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