悲劇のあっけなさこそ悲しい 『フルートベール駅で』
一般のアフリカ系青年が、警官に銃殺されてしまった実在の事件。彼の一日をドキュメンタリータッチで追った物語。青年の思いが間近に感じられるような、みずみずしい作りだ。青年が今そこに生きて、どんな苦悩を抱えているか、何を喜びに感じていたかが、生き生きとした描写が色づいている。いかにもインディペンデント映画といった風情。サンダンス映画祭で作品賞&観客賞をダブル受賞。さもありなん。ただ、これワインスタイン兄弟やフォレスト・ウィテカーが製作にも携わっていたのね。
冒頭に実際の映像が流れ、初めに結末を見せてしまう。この実録映像は実は、事件に居合わせた者が撮った動画だ。作品のタイトルとの合わせ技は、言わばネタバレ。観客は、そこに向かうまでの物語を、あらかじめ分かった状態で進んでいく。だから見る者に特に驚きは無い。そこにプラスαの何かを期待する人には、少し肩透かしのように感じるかもしれない。だが、急転直下の運命の変わり様は、あまりにあっけない。その落差はただ、悲しい。大きな悲劇ではないかもしれない。居合わせた場所が悪かっただけ。だからこそやるせない。
オスカー・グラント青年(マイケル・B・ジョーダン)はひっきりなしに電話をする。「誰々に電話」「誰々にSMSメールを作成:お誕生日おめでとう…」といった調子で画面に直接出てくる。魚屋ではお祖母ちゃんに電話をかけ、分からないことを聞いたりする。いかにもアフリカ系青年の等身大の姿。彼の抱えてる悩みもまた、おそらく誰もが持っているような悩み。
携帯電話がこんなに普及される前であったら、こうした事件の決定的証拠はそう簡単には残らなかっただろう。ことによると、闇から闇へ片付けられようとさえするかも。でも今は、その場に居た誰しもが動画撮影が出来る、国民総SNS時代。ラストの電車の中では、その場で映像を押さえようとする乗客がたくさん居た。これが冒頭の実録動画へと続くというわけ。携帯電話は実際この作品では、活躍しまくっている。電話、メール、動画、さらに電車の中ではスピーカーを繋いで音楽再生、その場の観客全員パーティーモードになったりも。そんな時代でも、相も変わらずこうした諍いは起こる。未だアフリカ系の人に対する偏見がどこかにあって、こうした事件が起こるのかもしれない。だからこそ、こうした事件を忘れずに居よう、そんな心理がアメリカ人の意識に上るのかも。
そうした偏見に抗うかのような、青年のありふれた一日。誰しもが抱えるような悩みを抱えた、ありふれた青年の。
’13年、アメリカ
原題:Fruitvale Station
監督・脚本:ライアン・クーグラー
製作:フォレスト・ウィテカー
製作総指揮:マイケル・Y・チョウ、ワインスタイン兄弟
撮影:レイチェル・モリソン
キャスト:マイケル・B・ジョーダン、オクタヴィア・スペンサー、メロニー・ディアス、ケヴィン・デュラント、チャド・マイケル・マーレイ、アナ・オライリー
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