予想もしない傑作! 『ウォルト・ディズニーの約束』
『メリー・ポピンズ』。私は実はさほどファンではなかった。でもこの作品には、思いの他感動させられてしまった。いかにもスタンダードな正統派感動物語。ふとした瞬間に思い出し、なお感動が深まっていく。そこにはきっと、『メリー・ポピンズ』を見た時の思いが重なってくるから。そして、原作者P.L.トラヴァースの思いに寄り添うと、さらに重層的に感動が深まる。チープな邦題タイトルには予想も出来ないほど、素晴らしい良作だった!大満足。
冒頭では、原作者P.L.トラヴァースはとても頭の固いオールドミスのイギリス人女性。人好きのするキャラクターではなく、寛容性や鷹揚さが無く、プライドだけはとても高い。彼女のそうした姿勢はほぼ崩すことがなく、目に見えて変わっていくことも無い。にもかかわらず、観客である我々が彼女を知ることで、彼女に対する気持ちが変わっていく。ここが凄いなあと思った。
P.L.トラヴァースは20年経っても『メリー・ポピンズ』の映画化権利を諦めようとしないウォルト・ディズニーに業を煮やし、はるばるハリウッドまでやって来る。トラヴァースは金策に困り屋敷を手放さなければいけない時期にまで来ていても、何としても首を縦に振ろうとしない。そうまでしてメリー・ポピンズに拘る理由は、トラヴァースにとって彼女が家族であるからだという。独身の彼女にとって、他に愛すべき人が居ないからか、想像の世界の家族なのか…と思いきや、そうではなかった。登場人物たちは、彼女の実際の家族がモデルであり、思い出がたくさんこめられたものだった。彼らを手放す訳にはいかなかった。この意味の深さについては、彼女の心境を感じれば感じるほどに、深く突き刺さってくる。
ウォルト・ディズニーと彼女の思いは平行線で、お互いが全く相容れない。そもそも彼女がテーマとするものと映画化に際してウォルトがやろうとしていたことが、少しも噛み合っていない。煙突掃除で真っ黒になるけれど、魔法で何もせず出来てしまうそんな“夢”は、ただ子供に綺麗事しか与えようとしない世界。彼女はそう主張する、だが私は彼女のアーティストとしてのこだわりが理解出来る気がした。なるほど、彼女の心がいかにディズニーの夢見がちな世界とは全く相容れないものだったのか、それが次第に分かるようになってくる。だが、最後の最後でウォルトが彼女の思いを見抜く。Mr.バンクスに対する彼女のこだわり。彼女が救ってあげなければいけない、と。“Mr.Banksを救う”ことで、救うことになるのは一体誰だったか。そう考えると、この映画の深さを一段と感じることになる。
彼女の父親(コリン・ファレル)が本当に魅力的だった。「この世は幻想だ。そう思うことが、現実世界の悲惨さに対処する方法」などと言う父親。夢見がちで役立たずで、全く銀行という場所に似合わない人物。彼女がこの父親をどれだけ愛していたかを考えると、とても苦しくなる。自分たちを養うために無力感に苛まれながら、金に、そして世間に負けていった心弱き父親。だからか、ポール・ジアマッティ演じるラルフ(彼もまた、娘のために苦労する父親だ)に対する彼女の、ほんの少し心のガードを解いた姿が妙に嬉しかった。
などと言いつつ、音楽を作るシーンに最もワクワクした。特に好きだったのは、「階段を下がる」フレーズで音階を上げるアイディアを思いつく瞬間とか。“実直さ”について言う彼女をあげつらった変テコソングとか。あ、凧揚げソングのシンプルな音作りを彼女が気に入ったのも、“実直ソング”みたいなフレーズの単純さだったなあと。もちろん、シンプルで思わず覚えてしまう曲だから、そこがいいんですけどね。
とにかく、見終わるとメリー・ポピンズへの理解がより深まる一作。メリー・ポピンズもウォルト・ディズニーも、どちらもより好きになる、思った以上の傑作だった。
’13年、アメリカ
原題:Saving Mr.Banks
監督:ジョン・リー・ハンコック
製作:アリソン・オーウェン、イアン・コーリー他
製作総指揮:ポール・トライビッツ、クリスティーン・ランガン他
脚本:ケリー・マーセル、スー・スミス
撮影:ジョン・シュワルツマン
音楽:トーマス・ニューマン
キャスト:トム・ハンクス(ウォルト・ディズニー)、エマ・トンプソン(P・L・トラバース)、ポール・ジアマッティ(ラルフ)、ジェイソン・シュワルツマン(リチャード・シャーマン)、ブラッドリー・ウィットフォード(ドン・ダグラディ)、ルース・ウィルソン(マーガレット・ゴフ)、B・J・ノバク(ロバート・シャーマン)、レイチェル・グリフィス(エリーおばさん)、キャシー・ベイカー(トミー)、メラニー・パクソン(ドリー)他
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コメント(14件)
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「ウォルト・ディズニーの約束」
ていねいに、心のこもったドラマがつむがれていって好感。
映画「メリー・ポピンズ」は大好きだから、なおさら感動する。
>観客である我々が彼女を知ることで、彼女に対する気持ちが変わっていく。
これですね。父親とのことが観客にわかってくるにつれて彼女に感情移入できていきます。
私は「メリー・ポピンズ」大好きなので、こういう裏舞台(?)を知ることができて、よかったです。
(どこまで本当?というのはありますけど。)
ボーさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
ですよねー!父親が彼女にとっては、自分のまさに半身のような存在だったんですよね。私は、凄く感情移入してしまいました。
ボーさんはメリー・ポピンズ大好きでしたか♪私は正直、色合いが暗かったりして、想像していたような“名作”とは大分違うな、という印象でした。でもこの作品のおかげで、メリー・ポピンズがより好きになってしまいましたよ〜!
芯のある女性を演じるとエマ・トンプソンは見応えありますね。トム・ハンクスと渡り合うシーンは最高でした。
そしてコリン・ファレル!ムキムキでちょっと苦手な俳優でしたが、今回の役は良かったです~
少女時代のシーンが交錯することで感情移入できました。
ジュリー・アンドリュースの歌声が懐かしくて・・・・・。
「メリーポピンズ」レンタルして又観なくちゃ!
とらねこさん☆
「メリー・ポピンズ」とこの映画、両方を好きになる映画なのですねー?
私も邦題のチープさに見る気をすっかり失っていたのですが、思いのほかの傑作って、こりゃ気になりますねぇ。
cinema_61さんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
おお、cinema_61さんにも、とっても高評価のようで嬉しい♪
本当、エマ・トンプソン、すっかり怖いイメージが定着してしまいましたが、彼女が演じると凛としたプライドの高いイギリス女性、怖いけどとても素敵なんですよね!
今回はいい配役に恵まれて、彼女の今後の女優人生に彩どりが増えるんだろうなあ♪素敵なチャンスを掴んだと思います^^
エマ・トンプソン、ジュリー・アンドリュースを思わせるような顔立ちでもあると思いません??
コリン・ファレルは、実は私はああいう男臭いタイプが好みなんです〜!男性ホルモンが有り余っているようなタイプが好き♪ ^^;
えへへ、ただの私の好みでした。
ノルウェーまだ〜むさんへ
こちらにもありがとうございます♪
そうなんです!あまり邦題や、イメージも子供向けというか…期待が出来ないような気がすると思うのですが、これが意外や意外!
とってもよく出来た素晴らしい作品なんですよー!
特に、父親が好きな娘にとっては結構、思い入れの深い物語かもしれません。
もしくは、娘が好きな父親にとっても!?
メリー・ポピンズがいまいちだったという気持ちはすごく良く分かるんですが、もし良ければご覧になってみて下さいませー!
こっちは断然素晴らしいです!
『ウォルト・ディズニーの約束』をUCT5で観て、物語を守ること壊すことふじき★★★(ネタバレ・・・かな)
五つ星評価で【★★★ディズニーとトラヴァースのどちらを支持するかで言えばトラヴァース】
『メリー・ポピンズ』原作は未読、映画は大昔見た筈だけど記憶が曖昧。
ディズニー …
『白ゆき姫殺人事件』で使われる『赤毛のアン』をふと思い出してしまった。あれもつらい現実に立ち向かう話だから。アンもディズニーが作ってたらカトウーンっぽい感じになったんだろうなあ。
ウォルト・ディズニーの約束・・・・・評価額1800円
物語の裏側にあるもの。
あまりにも有名なディズニーのミュージカル映画、「メリー・ポピンズ」のビハインド・ザ・シーン。
魔法使いのナニー、メリー・ポピンズは、本当は誰を助…
これはモノづくりを生業としてる人間にとっては、ウォルトとパメラどちらの視点で見ても、自分の心をえぐられる様なお話だと思います。
モノづくりをメタ的に見れば、その原点は作り手の内面の葛藤。
だからパメラが自分の心の傷に気付かされるプロセスでは、どうしても自分の中にある傷も認めざるをえない。
苦しくて、切ない、傑作でありました。
ふじき78さんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
>『白ゆき姫殺人事件』で使われる『赤毛のアン』をふと思い出してしまった。
ごめんなさい、これ見てないので良く分からないわ…
赤毛のアンてディズニ−というより、世界名作劇場枠という気がします。
そう言えばこれも13年位前に実写化されてましたね。
当時映画館でバイトしてたんですが、あるバイトが「(赤毛のアンに)来るお客さんみんなモテなそうなオバサンばっかりだな」なんて言って、それを聞いた女性の一人が「えー、そんなこと言わないで〜。私赤毛のアン好きよ〜」なんて言ってたな。
ノラネコさんへ
こちらにもコメントありがとうございます♪
>だからパメラが自分の心の傷に気付かされるプロセスでは、どうしても自分の中にある傷も認めざるをえない。
心理学書を読みまくったことのある私からすると、創造的行為って、いかにも自分のトラウマやら傷やらが形になっていて、ゾッとするんじゃないか、と思うのだけれど…その辺はどうなんでしょうか?
トラウマがそのまま形になっていて気恥ずかしいものでも、人の心を動かす力のある作品が出来上がったりしますよね。
こういうのって時々不思議でならないです…
馬にのって 凧にのって 「ウォルト・ディズニーの約束」
「ウォルト・ディズニーの約束」
Saving Mr. Banks
パメラ・トラバース(Pamela Lyndon Travers、P.L.Travers、1899年8月9日 – 1996年4月23日)
P.L.トラヴァース年譜
予想通り やっぱしヤラレました
…