オスカーの奇妙な果実 『それでも夜は明ける』
前作『SHAME シェイム』にノックアウトされた、スティーブ・マックィーン監督最新作。アカデミー作品賞受賞おめでとう!まさかブラック系の監督さんが作品賞受賞するのは今回が初めてだったとは。と言っても彼は、アフリカ系アメリカ人ではなく、カリブ系イギリス人。ちなみに前回UPした『大統領の執事の涙』も同じ、人種差別をテーマにした物語だったけれど、こちらのチラシ画像に「本年度アカデミー賞最有力!」なんて書いてあるのに、後から気づいてビックリしてしまった。ノミネートもされていなかったじゃないの。チラシ、早めに作り過ぎちゃったのかな、フライングもいいとこね…。こちらの作品とテーマがカブってしまったから、おそらくあちらの方が無視されてしまったのかな。
自由黒人として何不自由なく過ごしていた、おそらく家柄もしっかりとした出の黒人であったのに、とある白人2人に騙され、奴隷として売り飛ばされてしまったソロモン・ノーサップ。売り飛ばされる前夜におそらく酒の中に薬をもられたか、昏睡状態に陥る。「明日の朝になれば頭はしっかりクリアになっていることだろう」と頭を撫でられるシーンの翌朝から、彼の辛く苦しい長い夜~12年間が唐突に始まる。
重厚なテーマとがっつり4つに取り組んだ、生き地獄を映像で見事に表現。全体的に暗めのトーンでありながら、綿花農園の美しい緑に蒼く憂鬱な空が映える。多くを台詞で語りすぎず、映像でトコトン訴えかけてくる彼の作風が好みな私は、映像が無意味なまでに美しいシーンがやってくる度「来た来た、スティーブ・マックィーンタイム!」なんて心の中でほくそ笑みながら見ていた。特に、南部で黒人が木に釣らされたといういわゆる「奇妙な果実」。歌にもなったけれど。これをオスカーの作品賞で見れるとは。このシーンの長回しには戦慄。ルピタ・ニョンゴ(助演女優賞受賞)演じるパッツィーの鞭打ちシーンも長かった…。
何よりマイケル・ファスベンダーを初めとして、ポール・ダノ、ベネディクト・カンバーバッチの三人三様のアメリカの典型的白人の描写、これが描き切れているんですよね。三人どころか、出てくる白人全員がそれぞれこの世界に生きなければいけない、白人たちのロールプレイングといえる。そんな彼らの演技が見事!次第に顔つきの変わっていく、キウェテル・イジョフォーの顔の皺もいいし。ただやはり、ブラピのおもむろな登場に加え、尤もらしい「正しい」台詞は、これまでのテンポを突如乱して来るので面食らう。プロデューサーとしての彼のサービス出演は、本来はありがたいものなのだろうし、彼が美味しいところだけ持っていくのは有りと計算したのかもしれないけれど、いやあこれはちょっといただけませんね…。
ただ、この作品のクオリティを下げる大物が、ブラピ以外にもう一人。それは音楽のハンス・ジマーで、彼の凡庸な音楽がこの作品をよくある感動モノとして落とし込もうとしているのが残念。いや、ハンス・ジマーは普段通りのことをしているだけなんですけどね。この作品の音楽で印象的だったのは、オーケストレーションは無く、ハンズ・クラップと共に歌われるポール・ダノの歌であったり、葬式場面で奴隷達が歌い上げるソウル(キウェテル・イジョフォーのちょうどいいタイミングでの顔のアップ!)。これだけが強調され、音楽として成り立つべきだった。そうしていたら映像がグッと際立っていたはずだったので、その点がまことに残念。いやでも、映像や物語の語り口としては文句無しの素晴らしさであったし、この作品が作品賞を獲ってくれただけで私には充分です…。
’13年、アメリカ、イギリス
原題:12 Years a Slave
監督:スティーブ・マックイーン
製作:ブラッド・ピット、デデ・ガードナー他
製作総指揮:テッサ・ロス、ジョン・リドリー
脚本:ジョン・リドリー
撮影:ショーン・ボビット
音楽:ハンス・ジマー
キャスト:キウェテル・イジョフォー(ソロモン・ノーサップ)、マイケル・ファスベンダー(エドウィン・エップス)、ベネディクト・カンバーバッチ(フォード)、ポール・ダノ(ジョン・ティビッツ)、ギャレット・ディラハント(アームズビー)、ポール・ジアマッティ(フリーマン)、ルピタ・ニョンゴ(パッツィー)、アデペロ・オデュイエ(イライザ)、サラ・ポールソン(エップス夫人)、ブラッド・ピット(バス)他
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コメント(5件)
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とらねこさん☆
そうそう、ブラピの美味しいとこ取りだけは、本当にいただけなかったね。
私は彼の作品は始めて観たのだけど、本当に映像が素晴らしかったわ。
多くを語らず映像で訴えかけてくるのは実に見事でした!
ノルウェーまだ〜むさんへ
こんにちは〜♪コメントありがとうございました。
ブラピの登場は、あまりにもおもむろ過ぎて、しっくりいかないですよね。まあ、彼のあの状況を打開するのは、白人の協力によってだけなのだ、ということは、アームズビーの背信によって分かるから、仕方ないのかなーとは分かるんだけど…。
この作品、重いテーマなんですけど、映像の圧倒的密度がたまらないんですよ〜
映画:それでも夜は明ける 12 Years a Slave 圧倒的! アカデミー賞「本命」と判断。
まずオープニングで驚く。
基本プロットは予想がつく通り、主人公はNYに住む、自由証明書で認められた自由黒人。
地位、名誉、家族とともに幸せな生活を送っていたが、ある白…
ブラッド・ピットは、プロデューサー特権で、いい所持っていったくらいの感じでしたが、評判悪いですね。
確かに感傷的な音楽が多かった気がしますが、ホワイトトラッシュなカーペンターの嫌な唄が、カンナーバッチの聖書朗読の間も流れ続けるのは、不快で良かったですね。
バラサ☆バラサさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
ですよね〜。ブラピの登場に関してはきっと、撮影現場でもさぞかし微妙な空気が漂っていたんだろうなーと思います。
これ編集する時も、さぞかし苦労されたでしょうね。
脚本家のジョン・リドリーと監督は、脚本家としての立場を巡って、お互いのプライド戦争みたいなところがあったみたいですね。
http://www.cinematoday.jp/page/N0061342
正直、ちょっとやっぱり…って思っちゃいました。
そうそう!歌が被っちゃってるんですよね、ティビッツの歌が、カンバーバッチの聖書の朗読シーンの上に重なっちゃってるんですよね。うんうん、すごく不快で良かったです(笑)。
カーペンター?あ、大工さんという意味かな。はい、ポール・ダノは大工の頭役でした。