『パラダイス』3部作、『インポート、エクスポート』
『パラダイス:神』
『パラダイス:愛』はTIFFで見たので省略。
見た後ドンヨリと落ち込んでしまうようなアンチ・ヒューマニズムを謳われるウルリッヒ・ザイドルだけれど。『パラダイス3部作』に関して言うなら、よく言われているようなハネケ的なサディスティックなテイストとは少し違う、というのが私の印象だった。冷徹な人間観察というより、むしろ画面いっぱいに描き出してくる人間の可笑しみ。この妙味を楽しむ3作になっていて、絶望へと突き落とすような過酷さは感じない。
『:神』においては、「神は見つからない」。規則正しい生活リズムの徹底、厳しい自己管理、堕落しがちな他者への奉仕。彼女がしていることは決して間違っていないはずなのに、スレスレのところで偶像崇拝、盲信へと向かう姿が描き出される。物語中盤で、彼女の過度に進んだ信仰は、欠けてしまった自分の人生を補うための自己完結的手段であったことが分かる。不完全な人間同士で補い合う、いわば人間の道から外れた信仰の姿は、それだけで完璧である神の道へと、目をつむったま邁進する姿に他ならない。でも誰が彼女を笑えるだろう?蒙昧で不完全な信仰のまま、他者へしきりと奉仕する彼女の姿は、滑稽でユーモラスで痛烈でもある。しかし同時にコント的であり、諷刺の鋭さというよりは画面いっぱいに広がるのは愚鈍さの方だ。この匙加減に思わず唸ってしまう。人間的、あまりに人間的。
’12年、オーストリア、ドイツ、フランス
原題:Paradies: Glaube
監督・製作:ウルリッヒ・ザイドル
脚本:ウルリッヒ・ザイドル、ベロニカ・フランツ
撮影:ボルフガング・ターラー、エドワード・ラックマン
キャスト:マリア・ホーフステッター(アンナ・マリア)、ナビル・サレーナ(ビル)
『パラダイス:希望』
10代の太った少年少女たちを集めたダイエット合宿。こんなのあるんですね。『:愛』では太ったヨーロッパの金持ち中年女たちを、こちらの『:希望』では太った少年少女を描く。圧倒的な画面構成力にノックアウトされてしまう。『:愛』では太った中年金満白人女と、彼女たちを食い物にしようとする、黒い現地の若い男。この2人の金にまみれた汚れた欲望渦巻くセックス、赤裸々すぎる裸体の画の圧倒的なことと言ったら!壮絶だった。いやあ思い出しても面白かったな。こちらの『:希望』では、デブの少年少女たちのラインダンス。ドイツらしい端正なシンメトリーの画を見せる。端正な、というのは少し違うのは、この端正さを破壊するのが、画に映った彼らの肉体そのもの。太った若い体の締りの無さは、規律や戒律を今にも台無しにしそうな虚無感に満ち満ちている。
ここにも欲望は溢れている。自分より一回り以上年上の保健室の先生と、道ならぬ恋へと誘い込もうとするメラニー。本当は自分に対する自信の無さと積極さが裏返しになっている。処女ならではの大胆不敵さ、満たされない若き欲望。思うように恋が進まず、絶望し街へと繰り出し正体不明になった彼女を、回収しに来た保健室の先生が、森へ彼女をズルズル連れて行くシーンなんか、もう爆笑だったな。クンクンクンクン匂いを嗅いじゃう(笑)。うーん、やっぱりザイドルって面白い。ほら、ハネケ的サド気質とは全く違うじゃない。欲望を描きながら、その成就されない人間の姿を、悲劇というより喜劇的に紡ぎ出す。そこが人間の面白さだね、って。上から目線であるとか、クレバーであろうとしないところが好みだ。
’12年、オーストリア
原題:Paradies: Hoffnung
監督・製作:ウルリッヒ・ザイドル
脚本:ウルリッヒ・ザイドル、ベロニカ・フランツ
撮影:ボルフガング・ターラー、エドワード・ラックマン
キャスト:メラニー・レンツ(メラニー)、ジョセフ・ロレンツ(医師)、ミヒャエル・トーマス、ビビアン・バルトシュ
インポート、エクスポート
ウクライナからオーストリアに来た若者と、オーストリアからウクライナに行った若者の姿を、並行的に描く。彼らの人生が特に交わることはない。この監督はフロイト主義者なのか、とにかく必ずセックス混じりのネタが差し挟まれる。人間、どうしたって必ずそれ無しでは語れないと信じているのかも。
2人は必死に生きていこうとするのだけれど、巨大な社会相手では、彼らは吹けば飛ぶようなちっぽけな存在だ。思ったように物事は上手くいかず、彼らのじわじわとしたイラつきを感じ取る135分。しかし、不思議と退屈しない。露悪的でありながら決して誇張はしない。落胆はすれど絶望はしない。人生のままならなさと微かな絶望と、それでも失わない小さな希望。
’07年、オーストリア、ドイツ、フランス
原題:Import/Export
監督:ウルリッヒ・ザイドル
脚本:ウルリッヒ・ザイドル、ベロニカ・フランツ
撮影:エドワード・ラックマン、ボルフガング・ターラー
キャスト:エカテリーナ・ラク、パウル・ホフマン、ミヒャエル・トーマス、マリア・ホーフステッター
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コメント(7件)
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【TIFF_2013】『パラダイス:神』 (2012) / オーストリア
原題: PARADISE: Glaube / PARADISE: Faith
監督/脚本: ウルリヒ・ザイドル
出演: マリア・ホーフステッター 、ナビル・サレー
第26回東京国際映画祭『パラダイス:神』ページはこちら…
【TIFF_2013】『パラダイス:希望』 (2012) / オーストリア
原題: PARADISE: Hoffnung / PARADISE: Hope
監督/脚本: ウルリヒ・ザイドル
出演: メラニー・ロレンツ 、ジョセフ・ロレンツ 、ミヒャエル・トーマス 、ヴィヴィアン・バルトシュ
…
残り2作品行かれたんですね。
私もこのザイドル監督、残酷なんだけどユーモラスな視点が好きです。
『インポート・・』、目出度く時間が合いましてこれも先日見てきました。こっちはパラダイス3本に比べたら割とあっさりテイストでしたね。ただし内容はこちらの方がものすごくシュールでした。
rose_chocolatさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
いやあ、素晴らしかったです、パラダイス三部作。
これ、roseさんは一気にご覧になってましたよね。
よく一日でこれを見れるなあ…私だったら、グッタリしてしまって無理ですが(笑
『インポート・エクスポート』は、パラダイス三部作に比べると粗削りですよね。パラダイス3部作は、よく練れていて作家性が確立したかに思えます。今後もザイドルが見たいですね。
ショートレビュー「パラダイス3部作 愛/神/希望」
現世にはありえない、三つの愛のパラダイス。
オーストリアの異才ウルリヒ・ザイドルが、同じ一族の三人の女性たちのひと夏を通して、彼女らが求める愛と理想郷の喪失を描く三部…
すみません、禁止ワードが含まれてたので迷惑コメント扱いになっちゃってました。
仰るように観る順番でだいぶ違った印象になると思います。
個人的には「神」のシュールさが一番ビックリしてお気に入りです。
全体にさり気なくユーモアのセンスがあるのが良いですね。
キッツい話でもそれだけで観やすくなります。
ノラネコさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
とことん画作りが面白くて気に入ってるんですよね。
物語を語らせるための物語でなく、あくまでも映像主義という感じがします。
彼のユーモアのセンスがたまらなく好きです。
ノラネコさんはもしかしてあまりお好きじゃないかな。