愛情のボタンの掛け違い 『エヴァの告白』
カンヌに毎度ノミネートされているというのに、日本におけるジェームズ・グレイの評価は本当に低く、前作の『トゥー・ラバーズ』なんてDVDスルーという始末。私はホアキン・フェニックスが出ているからという理由で、『裏切り者』から見ていたという単なる偶然野郎。気づいたら見ていたというクチだったのでエバれない…という告白。「エバの告白」…w。という冴えないジョークを言いたくなるほどに、毎度ホアキン・フェニックスを使っている監督さん。なんたって、ティム・ロス主演の『リトル・オデッサ』以外、『裏切り者』、『アンダーカヴァー』、『トゥー・ラバーズ』と来て今作、全てホアキン・フェニックス主演!あ、今回はマリオン・コティヤールが主演であってホアキンは準主役という扱いになるのだけれど。
いや、そうとも言えないかもしれない。ホアキンは今回も主演だったのかもしれない。そんな疑問が出てくるほどに、ラストのホアキンの演技が圧巻なのでした。この先、ネタバレで語ります*************
少なくともあのラストの演技一つで、彼の物語へと昇華してしまった。“生きるために自分の心を裏切り、その身を売る女の物語”、を見ていたはずだったのに。気づいたら、“惚れた女に売春をさせる、ボタンを掛け違えてしまった男”の物語を見ていた。観客が気づくのはラストの彼の告白を見たその瞬間だ。惚れた女に拒絶され素直に愛情が表現出来ず、愛憎入り混じった気持ちのまま彼女を売る。自分も苦しみながら彼女を搾取して生きる。こんな立場に立たされながら、それでも彼女を想う不思議な純情さ。ブルーノ(ホアキン・フェニックス)はエヴァの希望と見えたオーランド(ジェレミー・レナー)を葬り去ってしまう。これは長年の敵同士であったが故の不幸の重なりではあるけれど。しかし彼にはもう一つ罪があった。彼女と一緒に居たいがために、親戚との関係も断ち切ってしまったこと。自分がいかに卑怯者であったことを、彼女に打ち明けるブルーノ。
やはり、これはエヴァの告白というより、“ブルーノの告白”だったよなあ…などと思わなくもない。ただ、こうしたボタンの掛け違いを、そんな技巧の物語として楽しむことが出来れば、この作品の評価を上げたくなってくる。ジェームズ・グレイのこれまでのクライム・サスペンスタッチの多い作品から変身して、今回はまるで文学作品でも見ているかのような、重厚な趣のあるアメリカの移民の物語だった。ストーリーの骨子だけを見ると、キム・ギドクの『悪い男』に似ていたなあと。
ところで、私がホアキンに注目し出したのは実は『グラディエイター』から。何とも癖のある複雑な演技をさせるとなると、彼は本当に上手いんですよね。アカデミー賞は彼が見向きもされないのは、おかしな奇行だったり生来の反抗的な態度、摩訶不思議な俳優辞めます宣言などのせいなのかも。何しろあのリバー・フェニックスの弟なんだもの。マトモな表街道なんて走らないのが彼の身のためなのかしら。名声なんて彼には必要ないのかな。
’13年、アメリカ、フランス
原題:the Immigrant
監督:ジェームズ・グレイ
製作:グレッグ・シャピロ、クリストファー・ウッドロウ他
製作総指揮:アニエス・メントレ、バンサン・マラバル他
脚本:ジェームズ・グレイ、リチャード・メネロ
撮影:ダリウス・コンジ
キャスト:マリオン・コティヤール(エヴァ・シブルスカ)、ホアキン・フェニックス(ブルーノ・ワイス)、ジェレミー・レナー(オーランド)、アンジェラ・サラフィアン(マグダ)
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