かつてのインディペンデントの雄 ハル・ハートリー 『愛・アマチュア』
私がハル・ハートリーに出会ったのは遅く、90年代後半だった。その後しばらく、何と私は、彼の存在すらずっと忘れたまま。エイドリアン・シェリーが惜しくも亡くなった’06年に、ようやくその名を思い出したぐらいだったから。
どういったテイストの物語だったかも全く覚えていないまま、今回K’sシネマの「ハル・ハートリー特集」で久しぶりに再会した。
イザベルの何者でもない感には共感を感じた。15年間尼僧院で過ごした、自称ニンフォマニアの処女。(私も処女の時は自分をニンフォマニアだと思っていたっけ。)自分が過ごしてきた人生の中に自分を見出だせずに居る彼女だからこそ、記憶喪失であるトーマスの前で安心感を得る。目の前にいる何者でもない彼に惹かれるから。しかし彼と肉体関係を持とうにも、なかなか思うようにいかない。
不思議な存在感を持つもう一人の女性、ソフィアとは対をなす正反対の存在だ。ロリータ顔を持つAV女優。彼女はトーマスに搾取され、自分の人生を取り戻すためにトーマスを殺そうと企み、フロッピーディスクをネタに謎の組織をゆすろうとする。クライムサスペンスであるこの部分は驚くほどオチが弱い。
こんなにオフ・ビートな物語だったのか。そして、私はこんなテイストの物語が何と昔は好きだったのかと、自分で驚いてしまう。ミステリー風であるけれど明らかに台詞がおかしい。風変わりな印象を与える作劇で、あまり目にしたことのない気持ち悪さがあり、不可解さもあり、とにかく個性的で一方的な物語進行。代わりにあるのは、ミニマリズムの最たるもの、腑に落ちない奇天烈さだ。おそらくこの原因の一旦に、イザベル・ユペール(イザベル)やエレナ・レーヴェンソン(ソフィア)の際立つ存在感があることも挙げられるかもしれない。台詞の不可思議さからくる存在感ばかりか、二人の喋るヨーロッパ訛りの英語のせいもあるし。アメリカが舞台であるにもかかわらず、彼女らの素性はよく分からず、外国に居るような感覚を受けるだろう(英語の分かる人であれば、きっと居心地の悪さを感じると思う)。
『トラスト・ミー』のような完成度は確かに、この作品には見当たらない。だけど、ハリウッド理論から完全に離れた自由さ、やりたいことだけを追い求めた個性主義には、一方で心惹かれるものがあった。トンチンカンで、且つ何かに固執したコンプレックス混じりの作劇であっても。不思議なまでに何か想像力を掻き立てられるあの感じ。そうだ、似ているのは、アングラ劇場のイマジネーションに満ちた不完全さ。そんな昔の自分の感情に出会え、嬉しくもなった。いつから、完成度とやらにこだわりを覚えるようになったのだろう。想像力って、そんな綺麗な形じゃつまらない。誰しも愛のアマチュアであるように、いびつな形だからこそ、愛しさを覚える世界がそこにあった。
’94年、アメリカ、イギリス、フランス
原題:Amateur
監督・脚本:ハル・ハートリー
製作総指揮:ジェローム・ブラウンスタイン、リンゼイ・ロウ他
製作:テッド・ホープ、ハル・ハートリー
撮影:マイケル・アラン・スピラー
音楽:ジェフ・テイラー、ネッド・ライフル
キャスト:イザベル・ユペール(イザベル)、マーティン・ドノバン(トーマス)、エリナ・レーベンソン(ソフィア)、ダミアン・ヤング(エドワード)、チャック・モンゴメリー(ジャン)、デビッド・シモンズ、パメラ・スチュワート
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