去年最も過小評価された作品とは 『ザ・イースト』
これは面白かった!サスペンスとして見所のある、見ていてハラハラする作品だけれど、それだけかと思っていると裏切ってくる。後半にかけて少しテンポが悪い部分も気になる人も居るかもしれないけれど、定型のよくある型にハマらないという意味では、私のような者には返って新鮮に思えたり。
何と言っても、脚本・製作に携わり、主演もこなしているブリット・マーリング!彼女に言及しない訳にはいかないでしょう。何とマルチな才能を持った人なのだろう。今後は彼女の出演作をもっと見てみよう。それから、私の大好きなエレン・ペイジが相変わらず最高。それから忘れていけないのはこの作品、リドリー&トニー・スコット兄弟が携わった作品なのだとか。名前を見つけてビックリ。
よく出来た潜入捜査物は、それだけで個人的に好みだったりする。何故だか分からないけれど、とにかく潜入捜査が好きで好きで仕方がない。自分もスパイやってみたい!と思うぐらいには(笑)。主人公の価値判断が最後に揺らいでしまうのだけれど、潜入捜査物の醍醐味はこの“揺らぎ”にあると思っている。その世界にコミットした、そこに居た者にしか分からない価値観。自分の知っている世界のボーダーライン<彼岸>を超えて、これまでと違う価値観を見出すこと。価値の転倒。これぞ物語のマジック、物語でしか描けないものの一つかもしれない。これについてはまた下に書くとして。
以下、ネタバレ*********
環境テロリスト“ザ・イースト”(この邦題嫌だよなあ)達は、納得いかない企業の不正を暴き、彼らに報復する目的で襲撃を行う。ゴミを漁る、というような風変わりな行動を取ったり、“エコテロリスト”という言葉こそ過激であるけれど、彼らの信条は「与えられたものを相手に与えるだけ」、「それ以上でも以下でもなく」という信念があり、彼らの行う行動が全くの悪とは言えないんですよね。世間一般の価値観を持つ人々の多くは見て見ぬ振りをする類の物事にも、「これはおかしい」と思えることはある。強すぎる薬を販売する薬品会社などは、完全に企業側の方がおかしいし、利益優先で酷い汚水を流し、その結果近隣の住民に与える被害を正しく報告せず誤魔化していたり、無政府主義者である“ザ・イースト”の主張が全て間違っているとは言えない作りだ。何故なら、その企業も間違っているから。間違いを指摘するのが正義かと言われたらもちろん違うし、彼らは法を犯しているのだけれど。でも、世の中の間違いを正そうという行動を起こす人々…彼らの全てを間違いだと言い切ってしまう人には、この映画はきっと向かないはずだ。
主人公はラストで寝返ってしまう。確かにゴミの中から林檎を拾って齧る行為は、ノーマルな人間にはあり得ないかもしれないが。あのシーンで初めて、彼女が本気で“あちら側の人間”になってしまったことを私達は知る。それまではベンジーすら考えを改めさせようと説得を試みていた彼女なのに。彼女のそうした行為(相手を説得しようとする行為)は、潜入目的の彼女にとっては危険な行為で、だからこそ彼女は真っ直ぐな人であり、信頼がおける人物であるとも言える。そんな彼女だから、ベンジー自身も心が彼女に“揺らぎ”、国境を一緒に越えようとしたのだろう。他のハウスの人達が捕まってなお、ベンジーが選んだのは彼女で、襲撃を最後まで実行しようとした。彼の取った行動は彼女への信頼が深まっていった証であり、最後の賭けであったと言えるかもしれない。
エンドロールでのモンタージュは、彼女のその後で、明らかにベンジーがしていたよりずっと有能な仕事を、彼女がしていると分かる。なかなかに皮肉だけれど(笑)。
P.S.「汚水はどこかへ捨てなければいけないの。だからって川へ垂れ流してもいいの?」この台詞を、東電や私達の国は痛切に感じなければいけないと思う。どの国に言ってるかは一目瞭然でしたからね。
P.S.2…エレン・ペイジ、何と今まさにカミングアウトスピーチによって時の人になってしまった。
彼女のスピーチがあまりに素晴らしいので、ますます彼女が大好きになった。
『ハード・キャンディ』からずーっと彼女のファンでしたけどね!
Ellen Page Joins HRCF’s Time to Thrive Conference
’13年、アメリカ
原題:the East
監督:ザル・バトマングリ
製作:リドリー・スコット、マイケル・コスティガン、ブリット・マーリング他
製作総指揮:トニー・スコット
脚本:ザル・バトマングリ、ブリット・マーリング
撮影:ロマン・バシャノフ
音楽:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ
キャスト:ブリット・マーリング、アレクサンダー・スカルスガルド、エレン・ペイジ、ジュリア・オーモンド、パトリシア・クラークソン
2014/02/16 | :サスペンス・ミステリ アメリカ映画
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これは観ましたが書いてないです。
何となく忘れつつあって、すぐ書かないとダメですね。
この映画のポイントってやっぱり、あの食事のシーンでしょうね。あれは目からウロコ。あの発想って今の日本にも決定的に欠けてる。もちろん私も想像できませんでした。
rose_chocolatさんへ
こちらにもコメントありがとうございます♪
これ、心理描写が巧みで、社会性とサスペンスのバランスが極めて優れた作品でしたよね。
こういうのは書くのに腕が鳴りますね〜。逆に、書かないでいるとどんどん面倒くさくなるんですよねw
彼らの理念である食に対する考え方、驚きましたか。
私の場合は、素直に驚くというよりも「彼女の価値観がアチラ側に完全に移行した証拠」を指し示す1ピースとして、機能する良いエピソードだったと思っています。
「ザ・イースト」
製作・脚本・主演の3役をこなしたブリット・マーリング。才能がある女性っているんだねぇ〜、すごい。しかし、それを鑑賞後に知ったため、思い返すとある種の優等生的な、理想主義…
とらねこさん☆再び
実は「ザ・イースト」まだ観てないのです。
何しろ環境テロにやられた側なもんで・・・
北海油田の掘削船のイカリに自らの体を縛り付けて出航を阻止されて、何千万円もの損害が出たのです。イカリの所まで乗ってきた船の動力は石油なのに・・・
アイスランドでは会議室はこちらですと案内されて、プレゼンを聞いてたら環境破壊について話され、あれ?と思ったらテログループに騙されて連れて行かれてたとか。やつらだってアイスランドまで飛行機で来たはずなのに・・・
調査捕鯨に信号弾を撃ってくる彼らも、実は動物愛護・環境保護と称して多額のお金を寄付するセレブたちが雇っているだけで、実際行動しているのは雇われテロリストだから、本当は彼らは信念などないのです。
とはいえ、映画を観てないので何とも言えないのですがね。いつか見てみますっ!
ノルウェーまだ〜むさんへ
こちらにもありがとうございます♪
おお!もしやパパンが実際にそんな被害に遭われたのでしょうか?ですよね…なんと、そんなことがあったですね。
調査捕鯨の邪魔をすると言えばシーシェパードですよね。『ザ・コーヴ』の時は上映に反対する団体もいたりして、結構きな臭いことになってました。映画館に反対デモ行うなんていう宣告があったりして。でもあれがアカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を獲ってしまったんですよね…。
扱う題材で映画に対して先入観があって、それによって評価が変わってしまうというのも分からないではありませんが、映画としてはすごく出来の良い作品で、サスペンスとしても上手に描けていたと思いますよ。
見た人のほとんどがこの作品を褒めている人が多かったのは確かです。先入観の無い目で、チャレンジしてみてくださいませ!