村上春樹 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
今頃だけどUP。この物語になんだかんだとケチを付けたくなる気持ちは、分からないではないけれど。でも私は、これっぽっちも貶すつもりはないんですよね…。多少薄めの物語展開も、たまにはいいじゃないの。謎がそのまま投げっぱなしジャーマンでラストを迎えたって、その後自分で想像すればいいじゃん!…て、だめかな?なんだかもう村上春樹は、綺麗にまとめ上げようという気持ちを失っている、というのはあるかもしれない。『1Q84』も大分謎を残したまま終わったけれど、こちらでもまさに同じ。
基本的に村上春樹の場合、こうした類のファンタジーを描く時は、リアルからかけ離れた世界を描くのではなく、あくまでもリアルからちょっぴり別世界を垣間見て、そのファンタジー部分を内包したまま、主人公の見ている現実は進んでいく。そして、その不可思議さを全て解明することは無しに、そこにある現実としてふわっと受け入れ、内包したまま物語は終わる。そんな描写が続くので、この辺りで文句を言う人が多いのだと思う。
つまり、マジックリアリズム(魔術的リアリズム)、この部分を受け入れられるか、そうでないか。と言えるかも。
でもこの物語は、これ以外の部分もちゃんと楽しめる作品のように思えるのです。だって、『1Q84』とそう大して違わないじゃん…?
色の名前を苗字に持つ友人たちと高校時代に5人で仲良くしていたということで、「自分には色彩が無い」と感じる主人公のつくる。でもマイペースな彼には、本当は彼なりの色彩があって、ほんの少しの自信を得てこの世界と対峙する力を得る…そんな話でした。この先、ネタバレで語ります**************
彼がもう一度本来の自分らしくあるために、失ってしまったいつかの自分(16年前、主人公の年のちょうど半分の年だ)のトラウマと向かい合う。たったこれだけの物語。それが、いかにも村上春樹らしいちょっと不可思議な小冒険をして、また元の世界に戻ってくる。実際に何をするかと言うと、高校時代の友人の一人ひとりと話をするだけ。そうこうする内に、実際には一人、亡くなっていることを発見する。何故彼女は死ななければならなかったのか。これが、ちょっと不思議な描き方になっているんですよね。
もうこの世界には居ない彼女は、何か良くない力に負けてしまったから。そんな風に描かれている。「悪い小人に捕まってしまった」んですね。フィンランドの民話、クロ=エリの話を引き合いに出すなら。
高校の時は、キラキラと輝いていたオーラを持っていた女の子(シロ)が、卒業した後、だんだんと色が薄くなって、かつて持っていた夢も失ってしまう。この話は、主人公のガールフレンドになろうという人物、沙羅の昔の友人の話にも似たような話が出てくるんですよね。高校の時は人気者で、夢もあって皆の憧れだった存在の綺麗な女の子が、いつしか気がつくと気の抜けたような普通の存在になっていて、かつての輝きを失ってしまう。でも本人はそれに気づかず、変わらずに自己認識は高くて、そのままの振る舞いをするものだから、周りの友人たちはそれが辛くて彼女と居るのが嫌になってしまう…そんな話でした。
この話、こうした女子を主人公にした映画を、映画好きは思い出すかも。そう、『ヤング≒アダルト』ですね。
主人公は、このシロの自己防衛にも似た途方も無い嘘のため、仲間を失うことになってしまう。でも本当はシロの方で精神的に危機を抱えていたのでした。
また、彼女の話とは別に、主人公つくるは、灰田青年という友人と出会う。彼も一時近づいて、つくるから去ることになる。この父親が出会った人物というのが、緑川という人物なのだけれど、この人がまた死神と不可思議な取引をしているというのでした。もしかしたらシロも、彼と同じような力を持っていたのかもしれない…?でも、ちゃんと描かれていないので、推測の域を過ぎないんですけどね。ふぅ。
まあこんな風にかなりざっくり説明しても、分からない部分が大半残されたまま、物語が終わってしまうのでした。ああ…ちょこっと書こうと思っただけなのに、大分長くなってしまった。
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