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スペイン発のアニメにノックアウトされた 『しわ』

arrugas_la_peliculaまさに「出会えて良かった」素晴らしいアニメ!

ジブリの「美術館ライブラリー」シリーズは、これまでも『ベルヴィル・ランデブー』、『王と鳥』、『動物農場』、『雪の女王』、ミッシェル・オスロの作品群などなど、本当に素晴らしいラインナップばかり。自分にとっては、ジブリ配給のアニメと聞けば、万難を排して行くべき作品、と言ったところ。

世界レベルで高齢者の数が増え続け、寿命はどんどん伸びている昨今、高齢者を描いた作品が増えて来ているなあ、という印象がある。ざっと思い出しただけでも、『みんなで一緒に暮らしたら』や『マリーゴールドホテルで逢いましょう』、『愛、アムール』、『アンコール!』など。これらの作品は老いを迎える中で、高齢者としての人生について描いたものだった。今後もおそらくこのテーマの物は増えていくのだろうと思う。でもこの作品がその中でも究極の一作、一番優れている物であるかもしれない。人間誰もにやってくり“老い”、そして“老人ホーム”の問題について、これほどまでに真正面に向かい合った作品もないと思う。ただ綺麗に取り繕うために夢や希望を与えるというトッピングを加えず、逃げも隠れもせず、老いそのものにガッツリとスクラムを組んで取り組んだ、究極の作品。ラストは滂沱してしまい、立ち上がるのも一苦労に感じるほど。今後、この作品を超える高齢者物には、まず出会えないだろうと思う。

 

主人公のエミリオは、かつて銀行の支店長だった人。だが自分の子供によってここに連れて来られ、冒頭では底知れぬ不安や絶望を感じている。同室のミゲルによって、この老人ホームについてあれこれと詳しく教えてもらう。ミゲルはお金にうるさく、認知症の老人を騙しては、小金を稼いでいる。

主人公の老人ホームに暮らす高齢者たちが、生きるためにどんな手段で逃げているか?この台詞にハッとしてしまう。ミゲルは一人ひとりについて何が起こっているのかを正確に理解している上、非常に辛辣な毒舌家でもある。ミゲルはどうやって自分がその中で生き抜いていくか、人を出し抜くかばかりを考えている。そうすることで認知症や人生に負けないようとするかのように。

ある日エミリオは、重度の認知症であるモデストと薬があまり変わらない事を発見し、自分もまた認知症である事に気づいてしまう。だが認知症が進むと、2Fの部屋に移動になってしまう。これを何とか回避すべく、ミゲルはエミリオのため知恵を働かせる。

この作品中で成長し何かを学ぶのは、主人公のエミリオではなく、むしろミゲルの方だ。ここで暮らしながらも知的レベルに変化は無く、また脳や意識がボンヤリしていないミゲルだが、人生全てに置いても価値を見出してはいない。強さを保ち皮肉を言い続けて居られるのも、そうした価値観の裏返し。何にも価値を見出していないからこそ、絶望せずにいられたのだ。このミゲルの意識が変わるところが見物。

それから、彼らが自分の人生の一番美しい瞬間だけを忘れずに居ること。モデストの雲のシーンは、胸が痛むぐらい心を動かされた。

この映画を見た日にちょうど偶然、例のゲイの大学教授と飲んだ。(以前はココに登場した彼です。)彼の母も老人ホームに入院していて、毎月のようにお金を2000ドル近く使ってしまうのだという。施設内にはどこにもお金を使える場所など無いはずで、ご飯も何もかも付いているし、別にお金を払うべき事柄も無い。それなのにいつの間にかお金が減ってしまっているのだそうだ。彼女はとてもお金にうるさく、だからこそお財布を取り上げるような真似も出来ないとか。おそらくは施設内で誰かに騙されているのだろうと言う話で、そうした例は他にもたくさん聞くのだそうだ。そう考えると、この物語も本当に真実に迫ったものだったのだなあ、とつくづく実感する。

’11年、スペイン
原題:Arrugas
監督:イグナシオ・フェレーラス
原作:パコ・ロカ
脚本:アンヘル・デ・ラ・クルス、イグナシオ・フェレーラス、パコ・ロカ、ロザンナ・チェッキーニ

 

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コメント(3件)

  1. 一番考えさせられたのは、もしも自分がボケちゃったときに、永遠にリピートしたい最高の思い出なんてあるだろうか?という事。
    正直、思い浮かばなかったです。
    そういう意味で一番感情移入しちゃったのはミゲルですねえ。
    いろんな意味で凄く切ない気分になりました。

  2. ノラネコさんへ

    こんばんは〜♪コメントありがとうございました。

    >一番考えさせられたのは、もしも自分がボケちゃったときに、永遠にリピートしたい最高の思い出なんてあるだろうか?という事。

    まさにそうですよね。よくこういうことが描けたなあと、もう舌を巻いてしまいました。
    「正直、思い浮かばなかったです」という言葉が素直に出てくるノラネコさんが凄いな。
    私は、たとえ幸せな思い出でも、そこにずっと囚われるなんて、精神病院に居るのと変わらないなあと、心底恐ろしくなりました。

    ミゲルの変化の仕方は本当に目を見張るようでしたね。私、あそこでもう滂沱してしまって…。ラストシーンも素晴らしかったし!




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