誰かと分け合うってこと 『天使の分け前』
社会を徹頭徹尾描く厳しい目線はそのままに、でもエールを送るような優しさのある作品だった。ケン・ローチ監督の作品の中でも、私がひときわ好きな『エリックを探して』を思い出すような、後味の良さを感じる。と言っても、必ずこの監督ならではのピリっとした辛さも付与されているのだけれど。
主人公には暴力事件を起こしてしまった過去があり、さらにクライマックス部分では、泥棒を働くという褒められない行動に出る。そのため「そんな悪者の映画には共感出来ない」という意見の持ち主も見受けられた。では、主人公は一度起こした暴力事件のために、彼が一生社会の暗部でしか生きらないことを是とするべきなのだろうか?。少年が更生したいと望む時に、社会がそれを拒絶しても仕方がない?これはまた別の問題で、たとえばこうしたことを掘り下げる『BOY A』などの作品もある。
ここではそうした議論はさておき、当然のように社会的日陰者が這い上がるべきとして物語は進んでいく。そうした社会的弱者や日陰者が一発逆転を狙う物語として、あの“スコティッシュウィスキーを失敬する”という冒険譚がある。もちろん正義の物語ではない、一種変わり種のピカレスクロマンとして。悪者が悪事を働いて、しかし社会でマトモに働く職を得る。過去起こったことで執拗につきまとわれる、彼の未来にも振りかかる災難を同時に断ち切ることが出来るように、普通に暮らせるようになるように。いわば、この悪事を働くことでようやく、普通の人と同じ位置に立つことが出来るようになる。ここにケン・ローチならではの、弱者にエールを送る“優しさ”なのだと私は思う。そうした一人ひとりの優しさや社会全体での理解が、“天使の分け前”でもあるのだから。“社会”自体、そもそもが誰かと分け合うものだから。
そうそう、ウィスキーが飲みたくなる作品でもあった。「潮の香りのするアイランド・モルト」なんていう台詞もある。この手のピート(泥炭)の効いたアイリッシュウィスキーは、私も呑んだことがある。映画では、ラガヴーリンの16年物が出て来ていたよね。奉仕活動指導者のハリーがお祝いにと呑むウィスキーは、“スプリングバンクスの32年物”だったけど。
先日、軽井沢の記事にも描いた“広尾にあるパブ”、こちらがまさに、スコティッシュウィスキーが豊富に取り揃えてある店で、タモリも来る店なんだ。(私は会ったことは無いけれど。)ただ、アイルランドまで行ったことのある店員さんは数名だけどね。私は初めてピートの効いたアイランドウィスキーを呑んだ時は、「病院の匂いしかしない」なんて思ったけど、最近は少しづつ味が分かるようになってきたカナ。
2012年、イギリス、フランス、ベルギー、イタリア
監督:ケン・ローチ
製作:レベッカ・オブライエン
製作総指揮:パスカル・コシュトゥー、バンサン・マラバル
脚本:ポール・ラバーティ
撮影:ロビー・ライアン
音楽:ジョージ・フェントン
キャスト:ポール・ブラニガン(ロビー)、ジョン・ヘンショウ(ハリー)、ゲイリー・メイトランド(アルバート)、ウィリアム・ルアン(ライノ)、ジャスミン・リギンズ(モー)、ロジャー・アラムタ(デウス)他
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