文明社会のすぐ隣にある、かいじゅうたちのいるところ 『ハッシュパピー バスタブ島の少女』
この作品の原題、「Beasts of the Southern Wild」。これを聞いて思わず思い出したのが、童話の『かいじゅうたちのいるところ』(”Where the Wild Things Are” 。)子供の心そのままに描かれた世界観も同じ。映像が物凄く迫力があって夢うつつで。まさかアカデミー賞にノミネートされていなかったら、とてもこんな作品が大きなシネコンでかかるとは思えないようなアート作品だった。まるでTIFFの「Natural TIFF」で選ばれそうなタイプの。そんな訳だから、あまり良さを理解出来ない人が居てもある程度仕方がないカナと思う一方、こうした力強いインディペンデント作品がサンダンスで、そしてカンヌで、果てはハリウッドのド真ん中で(笑)、きちんと評価されるという事実にとても喜ばしい気持ちになる。
彼女の棲んでいる世界は、私達が今そこに生きていると思い込んでいる文明社会の、その潮流の合間にポッカリと忘れ去られた地。ここに棲む女の子の心のままに、まるで見たことの無いような映像が次々に描かれる。夢みたいに美しかったり、かと思えば逆に自然そのままの中で流れ着いたゴミ(それもおそらくは私達が垂れ流した)も見受けられる。そうした文明社会の最果ての、誰も知らない島に棲んでいる彼女が、まるで見たこともないほどの自然の脅威に晒される。迫力たっぷりの映像でもって私達をノックアウトする。
彼らは病院に保護されることを、この世界の終わりのように憤る。そしてそんな場所で死に絶えることの不幸を嘆く。それもそうよね、よくよく考えてみれば、あんな化学薬品の匂いしかしない場所で死ぬなんて、私達にとっても本来は不幸のはずだ。彼らを無理矢理にこの社会の一部として組み込むことについて我々は議論もなしにそうするのだろう。彼らの存在は、私達の社会としてはそうせずには解決が出来ない恥部になってしまっている。
ペルーの大都会リマから、車でほんの2時間ばかり離れたところに、不法滞在地区があったことを、私はふと思い出した。それから、浮島であるウロス島のことも。ウロス島は、浮島自体を作ってそこに昔から住み着いている部族たちが居て、アキノ大統領がそこを訪れる前は、学校も病院も無かったそうだ。彼らは税金も収めてすらいないとのこと。ウロス島はちなみに、チチカカ湖からモーターボートで40分かけて行った場所にある島。あまりにも近いのだ。
この物語は、何もただのファンタジーとして描かれただけではない。ラストにかけて社会派の視点を呈示してくる。私達の知らない“楽園”。楽園なのか、単なる恥部なのか。
でも、ハッシュパピーが感じた母親のぬくもりの温かさ。これだけは全世界で共通のものだった。
12年、アメリカ
原題:Beasts of the Southern Wild
監督:ベン・ザイトリン
脚本:ベン・ザイトリン、ルーシー・アリバー
キャスト:クワベンジャネ・ウォレス(ハッシュパピー)、ドワイト・ヘンリー(ウィンク)
2013/05/15 | :ヒューマンドラマ
関連記事
-
-
『沈黙』 日本人の沼的心性とは相容れないロジカルさ
結論から言うと、あまりのめり込める作品ではなかった。 『沈黙』をアメリ...
記事を読む
-
-
『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』 アメリカ亜流派のレイドバック主義
80年代の映画を見るなら、私は断然アメリカ映画派だ。 日本の80年代の...
記事を読む
-
-
『湯を沸かすほどの熱い愛』 生の精算と最後に残るもの
一言で言えば、宮沢りえの存在感があってこそ成立する作品かもしれない。こ...
記事を読む
-
-
美容師にハマりストーカーに変身する主婦・常盤貴子 『だれかの木琴』
お気に入りの美容師を探すのって、私にとってはちょっぴり大事なことだった...
記事を読む
-
-
『日本のいちばん長い日』で終戦記念日を迎えた
今年も新文芸坐にて、反戦映画祭に行ってきた。 3年連続。 個人的に、終...
記事を読む
そうそう、予告編から「かいじゅうたちのいるところ」にムードが似てるんですよね。
子供向けっぽい雰囲気でも、描かれている話は相当ハードなところとか、心象風景的世界観も。
「かいじゅうたち」ミーツ「ポニョ」って感じかな。
こんな小さな異色のインディーズがちゃんと評価されるのだからハリウッドはやはり奥深いです。
ノラネコさんへ
こちらにもありがとうございます〜♪
あ、やっぱり『かいじゅうたちのいるところ』思い出されました?
ポニョの場合は女の子自体がかいじゅうだったけど、未曾有の暴風雨がやって来ますしね。
そうそう、心象風景的。『かいじゅうたちのいるところ』は、河合隼雄が心理学的に読み解いてた文が良かったですよ。
インディーズ作品にしては完成度が高いですよね。こういうのが評価されるところもすごいけど、ポンと出てくる方もすごいですよね。
サンダンスとカンヌに押される形ではあったかもしれませんけど。さらにやつら、ハネケまでノミネートしちゃってましたけどw
こんばんは。この映画、わたしのTLでは「よくわからない」という意見が多かったけど、よくわからないなりによかったです(笑) わりかし起承転結がはっきりしてるアカデミー賞ノミネート作品の中では、異質な作品だよね
ハッシュパピーが洋上のバーでめぐりあった女性は、パピーちゃんのお母さんだったのかな… あの辺、ちょっとホロリと来ました
SGA屋伍一さんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
お、SGAさん良かったですか?確かtwitterでは、「アカデミー関連の中でこの順番」というツイートでは、結構下の方だったような…w
あの食堂で働いてた女性は、パピーちゃんのママではなく、初めて出会った人でしたよね。彼女は、誰かに抱っこされたことなかったんですね。急に満たされた気持ちになる彼女が、不憫でもあり、可愛くもあり…。複雑な気持ちになりました。いいシーンでしたね!