今宵サスペンスはいかが 『ヒッチコック』
気楽に楽しめる娯楽作で、この気楽さこそがとてもヒッチコック的だと思った。
作品は前半と後半で様相が違っている。前半で『サイコ』を製作するまでの物語、ヒッチコックの挑戦が始まるが、後半はむしろ彼の妻アルマに心を寄り添わせて語られていく。事実上、後半の主人公がヒッチコックですらない辺り、『サイコ』の構造と同じであるところが憎い。アルマがスーパーマーケットで水着を選ぶシーンがあるのだけれど、このシーンのみこれまでのこの作品のタッチとは違っていて、ここを堺にアルマの物語へと変化していく。
『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』同様に、タイトルに挙げられている人物よりむしろ、その影で彼/彼女を支えた人物の重要さが、作品を支えるポイント。よくNHKの朝の連ドラや日曜の大河ドラマに見かけるような、「歴史的、重要な人物の影に存在した偉大なる大黒柱」の物語。この手の作品は、本当の意味で大衆向けなんでしょうね。「無名の偉大なる人」の話であるから。そして、『サッチャー~』が愛の物語であったように、この作品も偉大なるヒッチコックの手となり足となった、有能な妻の物語。
もしくは、主演女優をあれやこれやと追いかけ続けたヒッチコックの、「本当のヒロインは誰だったか」、という物語と言えるかも。
ヒッチコックについて語るのは蛇足ですよね。でも今の時代、ヒッチコック作品に詳しい人の方が稀かも。好き嫌いはあるかもしれないけれど、ヒッチコックは後世の作家に影響を受けた監督として重要であるには違いない。ちなみに私のお気に入りは『サイコ』や『ロープ』のような、冒険心に満ちた作品だったりする。
彼の人生の一部分のみを切り取ってはいるけれども、本質をついた作品だったと思う。冒頭にとても驚いた。『北北西に進路を取れ』の作品の後で、「自分はもう終わりかと思うか?」と風呂に入りながら妻に聞くと、驚くべきことにそれを肯定する妻。私にとっては驚きだった。ヒッチコックに似つかわしくない台詞のようにしか思えなかったから。「製作会社には思ったような作品を撮らせてもらえず、以前ヒットしたのと同じような作品ばかり撮らせたがる」。こうした苦々しい思いと戦うために、本気で戦うことを決意するヒッチコック。「みんなはゾッとするものほど見たがるんだ」という台詞が嬉しくてたまらない。ホラーを一部の人間のみが見るジャンルではなしに、大衆の本音で実は見たいものとして世に生み出した、その過程が見られるところがとにかく嬉しくて。私はきっと、彼が『サイコ』を撮っていなかったら、見向きもしない監督だったに違いない。「アーティストに冒険をさせないが故にどんどん退屈な監督に追いやり、永遠に蓋をして葬り去るつもりなのだ」。巨匠と言われてもその座に甘んじず、常に挑戦を忘れない姿、これこそ彼を後世に名を残した監督へとしたものだったんだなあ。『サイコ』の製作秘話は以前何かの折に、TV番組で見たことがあるけれど、そちらの方が詳しいぐらいだった。それでも、『サイコ』の撮影の風景が目の前で繰り広げられるのは無条件で楽しい。あのシャワーシーンの再現が見れるというだけでお腹いっぱいになってしまう。ヒッチコック作品の主演女優として堂々とあの世界で呼吸をするスカーレット・ヨハンソン、彼女が本当に美しくてクラクラする。
主演女優たちに恐れられ、本心では嫌われている姿はちょっぴり不憫ではある。でも反面、当然のようにも思ったりもする。数々の試練を乗り越えて、ヒッチコックを手伝って編集に携わったアルマの気持ちになって見てしまっているので。ヘレン・ミレンがとても素敵だった。こんな女性になりたいなあ…。
この作品を見終わると、気楽なお楽しみのように、サスペンスを気軽に見れるヒッチコック作品が、また手に取りたくなっている。映画は本当は楽しいものなのだから。ポテトチップスのようにいつでも食べたくなるもの。ヒッチコックの真の偉大さはここなんだ。
’12年、アメリカ
原題:Hitchcock
監督:サーシャ・ガバシ
製作:アイバン・ライトマン、トム・ポロック他
製作総指揮:アリ・ベル、リチャード・ミドルトン
原作:スティーブン・レベロ
脚本:ジョン・J・マクローリン
撮影:ジェフ・クローネンウェス
音楽:ダニー・エルフマン
キャスト:アンソニー・ホプキンス(アルフレッド・ヒッチコック)ヘレン・ミレン(アルマ・レビル)、スカーレット・ヨハンソン(ジャネット・リー)、トニ・コレット(ペギー・ロバートソン)、ダニー・ヒューストン(ウィットフィールド・クック)、
ジェシカ・ヴィール(ベラ・マイルズ)他
2013/04/27 | :ドキュメンタリー・実在人物 アルフレッド・ヒッチコック, アンソニー・ホプキンス, スカーレット・ヨハンソン, ヘレン・ミレン
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コメント(6件)
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とらねこさん☆
わたしもヒッチコックが妻にお風呂で自信なさげに聞くところ、ビックリしたわ。
妻にだけは弱いところを見せられるってことなのかな?
妻も肯定するから2度ビックリ(笑)
きっとそういうところがいいのでしょうね~
まま、結構脚色してる話だと思いますが、この映画に出てくるヒッチじいちゃんはかわいくて良いです。
ヒッチコック映画へのとっかかりとしても、結構優れてるかな。
これ見るとサイコと鳥は観たくなるだろうし。
ノルウェーまだ〜むさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
お返事遅くなりました!旅行に行っていました。
ですよね、まさか自分がオワコンかと疑っているヒッチコックの姿、驚きますよね。有名な監督としてのヒッチコックしか、私達って知らないですもん。
でもおかげで、『サイコ』が彼のキャリアにとってどれだけ重要なものになったか、サイコが無かったらおそらくガラリと変わっていただろうことが想像つくんですよね。
彼が全てをさらけ出すことが出来る、アルマが本当に素晴らしい女性なんだなあ、とすっかり感激しました。
ノラネコさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
ですね!脚色が上手いせいもあるのだと思いますし、サー・アンソニー・ホプキンスが演じているせいもあってか、ヒッチコックが可愛く見えました♪
私はヒッチコックのあの喋り方があまり好きじゃなかったんですが、この作品見たら考えが変わってしまったりしてw
>前半で『サイコ』を製作するまでの物語、ヒッチコックの挑戦が始まるが、後半はむしろ彼の妻アルマに心を寄り添わせて語られていく。
こんにちは この作品のミソですね。奥さんの支えは重要です。
あと ヒッチコック 資金繰りがたいへんだったみたいですね奥さんにワインを禁じられても やめれない・・・
ちゃんと 節約しようよ~
zebraさんへ
こんにちは♪コメントありがとうございました!
この作品、ご覧になられましたか。GW、いかがお過ごしですか?
妻アルマの視点からヒッチに焦点を当てていく描写、良かったですよね。
資金繰りって本当、ヒッチ映画ですら大変だったんだなあと思いますよね。でも、映画人としてここ一番の勝負だったのだと、良く分かりました。
私はこの映画、なかなか気に入ってしまいました!