映画的感動を呼ぶドキュメンタリーの手法に唸らされた 『隣(とな)る人』
’11年、日本
監督:刀川和也
企画:稲塚由美子
撮影:刀川和也、小野さやか、大澤一生
編集:辻井潔
構成:大澤一生
プロデューサー:野中章弘、大澤一生
またも素晴らしいインディペンデント映画を発掘。NPO法人カタリバ大学の企画で、トークセッション&パネルディスカッション付きの上映に行って来ました。
トークセッションは、映画評論家の寺脇研氏&NPO法人日向ぼっこ 理事長兼当事者相談員の渡井さゆりさん出演。東京で公開時の劇場は、ポレポレ東中野、下高井戸シネマ等。特にポレポレでは、5月〜6月末までと、8月〜9月までの、計2度に渡り上映されていた様子。私は今回初めて見て来ましたが、またも素晴らしいドキュメンタリーに会えたなあと感無量。
8年間に及ぶ、児童養護施設の日常を捉えたカメラ。「児童養護施設」は、何らかの家庭の事情、たとえば親の離婚や病気、災害や事故・もしくは虐待などの理由から、家庭で育てられることが困難になってしまった子供たちの暮らす施設。年齢は、2歳〜18歳まで。親が居るけれども事情がある子供たちを、一旦児童相談所が預かり、ここから子供たちは場合によって、別の里親の元へ行くか、もしくは親元に戻るか、別の施設に行くかが決まる。この作品のむつみちゃんの場合は、実の親元に戻ったけれども準備が不十分だったため、残念ながら施設に戻ることになってしまう。むつみちゃんの「でも、これで良かったよ。これが最後なんだから」の一言を聞いた時に、思わず「ああ…」と溜息が出てしまう。本当はお母さんと暮らすことを、あれほど望んでいた子供自らが、親を切り離す覚悟を決めなければいけなくなってしまったのだ。10歳に満たない年齢で。
子どもたちが、あれほど愛情を強く求めている、あの姿を見るだけでも思わず胸が熱くなってしまう。自分を愛してくれる人を喉から手が出るほど望む子供たちの、真っ直ぐな姿勢が痛くて…。私もあなたも、誰もが皆同じように、子供の頃はあんな風に感じていたんだ。生意気ざかりのむつみちゃんの、汚い言葉遣いやひねくれた態度のその裏には、自分が愛すべき存在、そして愛してくれる存在、これらを本当は心から望んでいて、それがかなわないが故の裏腹な態度。愛するすべを知らずにもがき苦しんでいるリアルな姿だった。むき出しの感情を見せる彼女の姿に、心を動かされずにいられなかった。
淡々と日常を追っているだけなのだけれど、これが実に見事に「映画」になっていた。テロップが入ることも説明的なナレーションが入ることも一切無く、まずここに嬉しくなる。見る者がそこに何を読み解くかによって、感想が違ってくる自由な作品。見る者の鑑賞力を要するけれども、映画そのものが持つ表現力については、揺るぎない力のある、実力と潜在性を持った作品。
「児童養護施設」は、全国に約580箇所ある施設で、総児童数は約3万人だとか。「光のこどもの家」は小規模の施設らしい。撮影時には、職員さんは泊まりがけで働いているけれど、中にはその大変さを苦に辞められてしまう人もいる。作品中でも、せっかく子供と愛情形成が出来た保育士が、担当が変わることになってしまう。彼女が辞める時に子供が泣き喚くシーンがあった。まるで世間に自分ただ一人、置いてけぼりになるかのように、地獄の苦しみを感じているかのように振り絞る泣き声が…。聞いててとても辛かった。
NPO法人日向ぼっこの渡井さゆりさんの話がとても面白かった。彼女自身、児童養護施設で育ったという経験があり、壮絶な人生を経験したらしく、彼女の言葉一つひとつにとても胸を打たれて、意義深い時間を過ごさせてもらいました。彼女の著書『大丈夫。がんばっているんだから』のレビューのところを読めば、何となく私の気持ちも分かってもらえそう。NPO法人カタリバ大学のイベントも、普段なかなかいろいろな人と映画の感想を共有したり、ディスカッションしたりする機会などないので、面白かった。私はディスカッション時に、0歳児の養子縁組を支援するという、財団法人をやってる方と一緒になれた。他には、自分自身、家庭を転々とし、行き方に迷っているという高校1年生の子も居て、彼の感想が「まるで自分のことのように思えた」。自分一人で映画を見て感動するのもいいけれど、人と語り合ったり共有したりすることのできる場がまた、素晴らしかったなあ。
2013/01/11 | :ドキュメンタリー・実在人物 インディペンデント映画
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