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101★ヴォイツェク

’78年、西ドイツ
原題:Woyzeck
監督・脚本: ヴェルナー・ヘルツォーク
原作: ゲオルク・ビューヒナー
撮影: イェルク・シュミット=ライトヴァイン
音楽: テルシュ&アントニオ・ヴィヴァルティ、ベネデット・マルチェロ
出演: クラウス・キンスキー、エヴァ・マッテス

こちらもドイツ文化センターにて鑑賞。クラウス・キンスキーの変身ぶりを堪能した3日間でした。『アギーレ』では高いしゃがれ声で空を睨みつける狂った野望の男、『ノスフェラトゥ』ではスキンヘッドに付け前歯、尖った耳、長い爪のドラキュラ伯爵。この作品では、単純で頭の足りない、痩せこけた精神病患者。『フィッツカラルド』では散々な冒険の末のものごっついドヤ顔も見せる。共通して言えるのは、どの作品でもまるで違う人のよう。声の出し方や体つき、体の特徴、どれも怪演を見せるところが面白い。それから、どの役も何かに取り憑かれたような役柄、こういうのがすごく似合ってるんですよね。ヘルツォーク作品での彼の主演作は5本、上に挙げた4つの他に、『コブラ・ヴェルデ 緑の蛇』。これはまだ見ていないので次回の課題に。他には、『キンスキー、我が最愛の敵』というドキュメンタリーも(前回寝ちゃったけど・・)。

今回のこちらの作品は、他のクラウス・キンスキー作品と比べると、少し地味な印象。大自然の中のトンデモ敢行ロケではなく、主に台詞で作り上げられた、小品で、全盛期のダイナミズムは感じません。元はゲオルグ・ビューヒナーの戯作が原作なので、そうした意味でも違うのかも。ビューヒナーはドイツの革命家、劇作家。Wikiによると「彼の名を冠したゲオルク・ビューヒナー賞は、現代ドイツにおいて最も権威のある文学賞である」とか。この作品は23歳で夭逝した、ビューヒナーの遺作なのでした。

頭は足りないが思いつめた目をして、貧しくはあるけれど懸命に生きているヴォイツェクを、私は馬鹿に出来ないと思ってしまうのでした。いつもヴォイツェクはしきりと急いでいるので、「もう少し落ち着いてゆっくり行動するように」と将軍に諌められるけれど、一分一秒を無駄にするまいと、がむしゃらに動き続けるのを止められないヴォイツェク。彼が大事にしているのは、結婚もせずに子供を生ませてしまったマリーの存在。ひたすら働いた分のお金を、マリーに渡し、自分はどんな仕事も厭わずに何でも引き受けるのでした。彼はどうやら、一部精神錯乱の毛があるよう。食事は豆だけに限定されてみたり、よく分からない精神病の研究をする医師の、実験台にもなっていたり。

自分の内縁の妻、マリーが浮気しているとの噂から、ますます精神が不安定になってしまうヴォイツェク。風の音に幻聴を聞き、とうとうマリーを殺害してしまう。単に寝取られ男の殺人の話なんですよね。でも私には、「金も何もかも全て彼女に与えたのに。俺にとってはたった一人の女だったのに」という一言が、何だか忘れられない気がするのです。

そう言えば私の以前の友人に、自分の彼女の浮気が発覚して、相手の男を刺して、刑務所行きになってしまった人が居ました。私はその告白を聞いた時は驚いたけれど、その彼の真っ直ぐさを考えたら、何となく分かる気がした。自分もそういう立場になっていたら、もしかしたらそうなっていたかもしれない、と考えたりもします。この彼は鬱病の人でした。前もどこかで言ったかもしれないけれど、ある日彼は道で、車椅子の人に出会いました。車椅子が道から外れてしまい、困っているのを助けようとしたところ、周りの人が誰も助けてくれなかった。私は一緒に飲んだ時に、自分がその時ちょうど見た『ペイ・フォワード 可能性の王国』を気に入った、という話をしたところ、「人間の善で世界が変わるなんて、そんな夢は嘘だ」と突然怒り出し始めたのです。それまでしばらくは収まっていた鬱病が、復活してしまい、以降薬をまた飲み始めることになってしまいました。私から見れば、普通にイケメンで、少し真っ直ぐなところが危なっかしい印象を抱かせる、人のいい兄ちゃんにしか見えないのに。

自分が何を言いたいかと言うと、中には常人が考えられないぐらい、細くて鋭い神経の人も居るってこと。私はいつも彼を思い出して、自分は世界の汚れに何故平気で浸かっていられるのだろう、と考えることもあります。そして私はいつも、自分がそうなっていたかもしれない可能性について考えてしまうのです。人を裏切る時は、相手をよく見ないとね。

 

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