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89★菖蒲

’09年、ポーランド
原題:Tatarak
監督:アンジェイ・ワイダ
原作:ヤロスワフ・イヴァシュキェヴィチ
脚本:アンジェイ・ワイダ、クリスティナ・ヤンダ他
撮影:パベル・エデルマン
音楽:パベウ・ミキェティン
キャスト:クリスティナ・ヤンダ(マルタ)、パベル・シャイダ(ボグシ)、ヤドビガ・ヤンコフスカ=チェースラック(マルタの女ともだち)、ユリア・ピェトルハ(ハリンカ)、ヤン・エングレルト(マルタの夫)

冒頭タイトルロールの美しさに、総毛立った。菖蒲の茎の部分が光を捉えた、青々しさの中の光の反射。それから、原作からのモノローグ。「菖蒲の茎をこすると香りが立つ、二種類の香りが。瑞々しい青々とした香り。茎の下の方には、芳香の奥にもう一つ別の匂いが。水泥のような腐ったような、死の匂い・・」。この、美しさと不吉さを同時に描いた言葉が、ものすごく気に入ってしまった出だし。これは原作のヤロスワフ・イヴァシュキェヴィチの『菖蒲』を読んでいる一文。梶井基次郎の「桜の樹の下には死体が埋まっている・・」というあの一文を思い出した。美しさと不吉さを同時に予感させて見事。純文学みたいに美しい作品でした。

医師は妻のマルタの癌が肺全体に転移してしまい、余命いくばくもない状態であることを発見してしまう。だが、彼女自身には告げずに居た。マルタはそうとは知らず、ある日美しい年下の若者ボグシに出会う。ボグシに本を貸そうと気さくに声をかけるマルタ。女として彼に惹かれているというよりは、まるで彼の若さを見るのが純粋に嬉しいかのように。

しかし物語に没頭していると突然、ヒロインを演じるクリスティナ・ヤンダ自身のモノローグに、流れを堰き止められてしまう。フィクションの物語にシンクロする、彼女自身の私生活の衝撃的な告白だ。固定カメラで部屋を一点だけ映し出し、時に暗い影の中にスッポリと包まれるように、時に消え入るように画面の隅っこで。ここは、声を殺して言いたくないことを語る彼女の「暗い小部屋」なのだ。まるでこの物語中での“にじり寄る死の影”そのもののよう。この作品の撮影中に、突然彼女の夫に関する不吉な知らせを受け取って動揺してしまうクリスティナ・ヤンダ。不吉なシンクロニシティの中で、撮影を続ける彼女の心中は如何様だったか。部屋の中にある影の中へ消えてしまいそうに映すカメラがいい。

この後ネタバレ**********************************************************

美しく若々しいボグシと川で泳いだマルタは、巫山戯てボグシからキスをされたりする。思わずボグシの若い肉体にマルタが抱きついたりなどをするせいで、彼が変に受け取ってしまったためだ。でも、そう勘違いされても仕方がないだろうと思う。マルタも、ボグシにキスされて初めて驚いてしまう。彼のそうした反応に困惑する。

この感覚、私にはなんだか分かる気がした。おじさんやおばさんで、若い人を眺めて嬉しそうにする人、彼らは性欲のためだけにそんな反応を見せていたのではなかったのだな。私はこのことに初めて気がついた。こういう人って結構居るのかもしれない。単に若者の若々しさが、見ていて楽しいのだ。今まで私は、オジサンの若い女に対する目線は全て性欲剥き出しだと思っていたし、おばさんで青年にデレデレする人は、自分の年を考えずにみっともない!と思っていた。彼らは、単に若い肢体を眩しく思ったり、もしかしたら自分の若さを懐かしんでいた、そんな複雑な思いが混ざったものだったのかも。私もだんだんこういう感情が分かるようになって来ました(笑)。

それにしても肌色のピチピチパンツはエロいですねえ。

 

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コメント(2件)

  1. 私、これ、かなり寝落ちしてしまいまして。最初のお部屋のぽつらぽつら語りのシーンでもう既に・・・w
    要するに3つの視点で描かれてましたね。そこもいきなり転換が始まってしまうので、あれ?って思ったりもしたのだけど、そこは問わない方がこの作品の場合良さそうですね。
    予告の水のシーンに惹かれて観に行ったので、もう1回ちゃんと起きてじっくり見たら、今度はもっとよくわかるかなと思いました。

  2. rose_chocolatさんへ

    こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
    またまた寝ちゃいましたかw。
    3つの視点というのはちょっと違いますかね。旦那さんの視点は最初だけですよ。そして女優クリスティナ・ヤンダのモノローグは、本編とは別の構成でした。
    すごく面白いとか、感銘を受けた、というほどでなくて、まあ女優業をやっていればそういうこともあるかなー程度にしか思いませんでしたが。でもこの作品は好きでした。
    いやー、お互い、映画で寝ちゃうぐらいなら、TSUTAYAで借りた方がいいって話になっちゃいますからね・・。せっかく映画館で見たいのだから、がんばりたいところですよね。




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