84★危険なメソッド
’11年、イギリス、ドイツ、カナダ、スイス
原題:A Dangerous Method
監督:デヴィッド・クローネンバーグ
製作:ジェレミー・トーマス
脚本:クリストファー・ハンプトン
原作:ジョン・カー
撮影:ピーター・サシツキー
音楽:ハワード・ショア
キャスト:キーラ・ナイトレイ、ヴィゴ・モーテンセン、マイケル・ファスベンダー、ヴァンサン・カッセル、サラ・ガドン
ユングとフロイトの決別の裏にいた、ある女性患者の存在。この時代だけピックアップして恋愛ドラマに仕立て上げた、なかなかの人間ドラマ。『イースタン・プロミス』以来、4年ぶりのデヴィッド・クローネンバーグ作品でした。久しぶり。近年のクローネンバーグ作品て、どんどんらしくない作風になっているけれど、今回も独特の歪みや一風変わった世界を構築する作品から、最早遠くなり、毒が薄れて普通のテイストになっているような。私個人的には大分物足りなく思えてしまいました。でもそれなりに面白く見れる、三文ドラマに仕上がっていると思います。
扱っている物語がユングやフロイトを題材にした史実だけに、私としては別に映画で見なくても良かったかな。精神分析学という分野がこれから花を咲かせる、そんな季節にフロイトと出会ったばかりのユング。世間の執拗なバッシングをフロイトが浴び、アカデミズムの世界でも将来を有望視されているユングが、自分を慕って手を差し伸べてくれるのを喜んだフロイトは「我が皇太子(プリンス)」と呼んで自分の正当な継承者とすることを望んだ時代でした。(当時ユングは32歳、フロイトは51歳)。
フロイトが『夢判断』を完成させたのが1900年、ユングの自由連想法(『診断学的連想研究』)が1904年で、二人が初めて出会って意気投合したのは1907年だから、冒頭の時代はこの頃の設定ですよね。ただ気になったのが、作品中で描かれるフロイトとの決別は1912年〜1913年なのだけれど、それだけの時代の流れをあまり感じないように描かれていたのが気になった。あと、ユングがフロイトとの決別前にジークフリートの夢についてザビーナと話していたとのこと、これは時代考証的に違いますよね。ユングがジークフリートの夢を見るのは1913年12月18日なので。ジークフリートはゲルマン民族の英雄なので、この夢の意味は重要なので。それから、洪水の夢は1913年の10月。でもこれ、夢というよりは1時間近く続いた幻想でした。つまりこの辺は全てフロイトとの決別後。翌年に第一次世界大戦が始まり、ユングはそれ以降1919年まで「創造の病」と呼んだ、精神病レベルに近い状態に陥ります。父親のようなフロイトとの友情が決定的な決別を迎えた後、ユングが彼独自の「分析心理学」を立ち上げるまでに時間を大分要した、産みの苦しみの時期に当たるのです。でも、1913年の決別の際にフロイトと語ったユングの馬の夢については感慨深いですよね。フロイトが読んで、ユングと話し合っているシーンは、『変容の象徴』かな。そこではユングはリビドーを拡張したものに用いて、エディプス・コンプレックスも否定しているのでした。
フロイトやユングの時代の「ヒステリー患者」もしくは「神経症患者」って、今の私達には想像上の病気でしかないんですよね。ユングの前に初めて現れた時の、ヒステリー患者であったザビーナの症状は、なんだかあり得ない大げさなものに思えてしまった。この時代の中流階級は、厳しい超自我「〜してはならない」という意識が強いため抑制が働き、このために神経症を発症する・・とのことなのだけれど、この時代の主な精神病患者だった中流階級の貴婦人たちとは、意識・無意識の構造が違いすぎて、現実的に思えないんですよね。フロイトの「構造論」一つとって見ても、当然ながらこの時代と現代の抱える問題とは大分違うなあと。現代の人々は逆に、欲望の赴くままに行動する「エス(もしくはイド)」の力を奮い起こされる方が多い。CMやら雑誌などではセックスを思わせるものばかり。インターネットを開けばいくらでも性的画像や映像を見ることが出来る。エスを放出することを過剰に望まれるせいで、逆に草食系男子や童貞が増えてきているぐらいだもの。だから、「抑制の力の強すぎる「超自我」のために神経症を発症する」なんて、なんだか今の私達には随分とお行儀の良い時代だなあ、としか思えないんですよね。当然ながらザビーナのヒステリー症状も、現実味のあるものとは思えなかった。キーナ・ナイトレイの演技が過剰すぎるせいで、私は笑い出してしまいました。
2012/11/05 | :ヒューマンドラマ キーラ・ナイトレイ, デヴィッド・クローネンバーグ, マイケル・ファスベンダー, ヴィゴ・モーテンセン
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コメント(5件)
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詳しいですね。私もこれ観たけど、もう詳しく書く気力もなくまとめ箱(笑)
キーラ、すごい表情でしたね。確かにあれはちと過剰かもですが。
マイケル・ファスベンダーはすっかりこういうセックス・シンボル的な役が増えてきましたね。まあ似合ってるからいいんだけど。
ヴィゴが何だかとても老けて見えるのは気のせいかしら・・・。
rose_chocolatさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
これもまとめ箱でしたかw。
いやー私は、映画そっちのけで自分の言いたいことを言ってしまいました。脱線しまくり。昔はよく脱線してたんです。久しぶりでしたw。
マイケル・ファスベンダー、すっかりセックスマニアなイメージですね。
ヴィゴ、全く本人とは思えないほど老けてましたね・・。私の中ではまだアラゴルンだったのに、そろそろ印象を修正しないといけないようです。
こんばんは!
TBありがとうございました。こちらからは飛んだのかな?
何だかよく分からない状況になってしまいました。複数データが飛んでいたら、すいません。
この映画に関して、は実のところそれほど書きたい事がなかったのです。僕にとって非常に感想が書きにくい映画と言いますか。
だから「とらねこさんはきっと心理学ネタだと熱く語るだろうなぁ~」と思ったものだから、うちはレザボアcatsにリンクだけ勝手にはって、「詳しくはwebで」とだけ一言書いておけば良いかななんて思ったりもしたのです(笑)。
でも、結局僕の方が先に書いちゃったものですから(とらねこさんが公開初日に記事UPしてくれると当てにしていたのに(笑))、相変わらずの無駄話ばかりになってしまいましたとさって事ですね。
いやぁ~、それにしても博学ですね。自分の書いたものが恥かしくなるほどです・・・あっ、だからPCがTB飛ばすの嫌がっているのかな(笑)?納得。
蔵六さんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
TBちゃんと来てますよ。
蔵六さんにとってはどうでもいい記事にTBしてしまったようですねw。
まあ、長らく仲良くさせていただいていれば、そういうこともあるということで^^;
いやー、蔵六さんはコメントを別のところにくれたりもするので、それを期待してとりあえず飛ばしておこうかなと(笑)もちろん今後もそのスタンスで行って下さって構わないですよ。でも最近だと他にコメントするべき記事も無いかー。すいません。
いやー博学なんてほどじゃないんです。ユングの勉強をする人には結構当たり前というか。もちろん蔵六さんみたいに、統計とかそっち系の勉強をしていた人には全く縁の無い勉強かもしれませんね。でも蔵六さんにとっても、きっとかじってみたら面白いと思える分野だったんじゃないかと思います。
私は夢分析をもっと勉強したかったですね。大学院に行って勉強したかったんですけど、お金が無くて諦めちゃいました。
ウラヤマさんへ
ごめんごめん!なんか君のコメントが勝手にペンディングになってたみたい。今解除した。気づかずごめんね。今度、ペンディングに勝手に判断された時は、メールでお知らせする設定に変えておいたから。
電話占い紫魂、(しこんて読むの?)怖いよね・・。何故「給与 50円〜110円」なんだろ。一件につきだとしても安すぎ><。
たぶん、このサイトが怪しかったから、ウラヤマさんのコメントが勝手にスパム扱いになってたんだと思うよ。
しかし、霊界の物価が安いって考え方、すごい発想の転換だね。
「お化けは死なない〜 病気もなんにもない!」
っていう、ゲゲゲの鬼太郎の歌を思い出してしまったじゃないか。