87★もうひとりの息子
’12年、フランス
原題:The Other Son / Le fils de l’Autre
監督:ロレーヌ・レヴィ
脚本:ロレーヌ・レヴィ、ナタリー・ サウジョン、ノアム・フィトゥッシ
プロデューサー:ヴィルジニー・ラコンブ、ラファエル・ベルドゥゴ
撮影監督:エマニュエル・ソワイエ
音楽:ダファー・ヨーゼフ
キャスト:エマニュエル・ドゥヴォス、パスカル・エルベ、ジュール・シトリュク、マハディ・ダハビ、アリン・オマリ、カリファ・ナトゥール
去年の『最強のふたり』に続いて、TIFFのサクラグランプリとなった本作。また今回もフランス映画で、爽やかな感動をもたらす作品となれば、こちらの作品の大ヒットも思わず見込めるのかもしれない。TIFFで見たお気に入り作が、サクラグランプリになったのは初めて。これまでも、サクラグランプリ受賞作品は、すごく好きなものが多いんですよね。『オープン・ユア・アイズ』、『コーリャ 愛のプラハ』、『アモーレス・ペロス』、『迷子の警察音楽隊』、『ソフィアの夜明け』。
この作品もまた、大のお気に入りになりました。きっと来年には公開されると思うので、公開されたら是非見て欲しい!!
アイデンティティの問題、イスラエルとパレスチナの2つの国の政治的な問題。こんなに難しいテーマを扱いながら、これほどまでに素敵な物語を紡ぎ上げることが出来るなんて、本当に驚くべき物語。フランスならではの許容力と優しさ、センスの良さ・・。他の国の人が同じテーマで同じ物語を作ろうとしても、決して同じ物は出来上がらないだろう。真にオリジナリティに溢れる物語でした。驚きも随所随所に感じ、シーンごとに気に入ってしまう箇所が何度も何度もあって、胸がいっぱいになった。『迷子の警察音楽隊』同様に、思わぬ人々の心の交流に、心から感動してしまった。
ストーリーは、誤って戦争中に子供を取り違えられてしまった、2つの家族の物語。ちょうど彼らの両親は、アラブ系の浅黒い肌と、アーリア系の白人の血が現れた人達の夫婦。二家族がそれぞれに逆で、パレスチナに住む家族の方は母親がアラブ系、父親はアーリア系。イスラエルはその逆といった具合。育ててしまった息子との絆、血の繋がった息子との絆。各人の思いをそれぞれに描きながら、まるで万華鏡のようにクルクル物語の見せる様相が変わっていく。ここまで難しい話を、サラリと嫌味なく上手にまとめているのが凄い。そして、単なる感動物とは一味も二味も違う。今年もTIFFに行って良かった。素晴らしかった!公開されたらもう一度是非見に行きたい。
「自分の息子が本当の息子ではないのかもしれない」と思った時に取る人々の行動、この時の二家族の親、4人の反応が良かった。二家族にとっては思ってもみない衝撃を受けたのは当然のことなのに、あんな風にプラクティカルに反応するのはフランス人の監督だからなのだろうか。日本人や韓国人の作るドラマだったら、もっと怒り狂ったり愁嘆場を演じたりして、観客をウンザリさせていただろうところ。彼ら4人は、思ってもみない驚きに、怒りなどは通りすぎてしまう。医師がおずおずと「質問は?」と訊いた時にすら、何の質問も無い。むしろ「今後どうするべきか」の気持ちでいっぱいになってしまったのだろう。
その後の親たちの反応は、父親・母親ともに同じような反応を見せていたのが印象的。父親は、血の繋がった息子よりもこれまで育てた息子の方を取る。むしろ、「無かったことにして、これまでどおりやっていく」というスタンス。でも母親は「本当のことを息子に告げるべき」と思っている。父親の方が逆に現実から目を逸らし、母親の方が現実的に対処出来るというのは、何だか分かる気がする。
自分たちにこんなことが起こったらどうなるだろう?そう問いかけているうちに、物語は幾様にも変わってみせる。イスラエルとパレスチナの国境を分けて育てられた、埋められない思い。育ってきた環境と自分の元々の血が持つものがまるで違った者達の、行き場のない思い。これまで育ってきた環境からアイデンティティを確立してきたのに、そうした後で、突然ガラリと変わらざるを得ない。自分ばかりでなく、家族の戸惑いも大きかったり、皆それぞれに反応する。自分と全く縁のないと思っていた世界が、突然近くなる人々。
私のこの満足感は、「見たことのない素晴らしいものを見た」という思いに起因するところが大きい。『最強のふたり』みたいに分かりやすい、大衆受けする物語ではないかもしれないけれど、物語の力強さでは負けてない!『最強のふたり』は一年後の公開だったけれど、こちらも早く公開されて欲しいな。
2012/11/07 | :とらねこ’s favorite, :ヒューマンドラマ TIFF, ジュール・シトリュク, フランス映画, ロレーヌ・レヴィ
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コメント(6件)
前の記事: 86★火の道
とらねこさん第1位ですもんねこれ。でも納得の作品です。
来年には公開されるといいですよね。これはテーマが馴染みのない素材だけど、内容的には日本人でも共感できると思います。
rose_chocolatさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
そうなんです。私これがTIFFの中で一番好きでした。
大のお気に入りでーす。他にも気に入った作品がいくつもありましたし、TIFFは楽しかったなあ。
おっしゃる通り、テーマが少し難しいかもしれませんね。それが、「初めてのことを知る驚き」に変換して、素晴らしいものになるチャンスかも。
『もうひとりの息子』 映画のマジカルな力
上手いタイミングで公開したものだ。
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とらねこさん、こんにちは!
映画公開時は見に行けず・・・
やっとレンタルが始まったので、見ることができて、嬉しいです。
凄く引き込まれて、面白く見ました。
ヤシンが医者の免許を取った後、どうなるんだろう・・って考えてしまいました。
パレスチナで病院やるのだろうか・・それとも、母や知り合いの多い、たぶん最先端治療を学べるであろうイスラエル、またはパリに残りたいとか思ったりしないのか・・・とか・・・
latifaさんへ
おはようございます〜♪コメントありがとうございました。
これ私の大好きな作品だったんです。TIFFで見て、一昨年のベスト10に入れました。
ヤシンの医師免許を取った後…ですか。そうですね、そうやってその先を考えてみるのも、自分なりの考察が深まりますよね。
ところで、こんな発言があったそうです。
“「パレスチナ人の母親は皆殺しにすべきだ」とイスラエルの女性議員が言った。”
https://twitter.com/RyuichiSato/status/489766329738473472
隣国同士が、せめて少しづつでも何とか仲良くやれることは出来ないのか…と思うのですが、理想主義なのでしょうか。