88★ソハの地下水道
’11年、ドイツ・ポーランド
原題:In Darkness
監督:アニエスカ・ホランド
脚本:アニエスカ・ホランド、デビッド・F・シャムーン
撮影:ヨランタ・ディレフスカ
キャスト:ロベルト・ビェンツキェビチ(レオポルド・ソハ)、ベンノ・フユルマン(ムンデク・マルグリエス)、アグニェシュカ・グロホウスカ(クララ)
またナチス物かー。年に数回は必ずあるんだよな・・などと思いながらも、見て良かった。
『太陽と月に背いて』『敬愛なるベートーヴェン』のアニエスカ・ホランド監督。女性監督によるものだったとは、後から知って少し驚いた。暴力シーンや性描写など、人間の醜い部分や闇の部分もしっかりと見つめる視線が感じられた作品だった。ズッシリと重いながらもどこか希望を捨てずに、最後までグイグイ引っ張って見せる手腕が見事。
1943年のポーランド。ナチスドイツ支配下にあり、ポーランド民は貧しく、いよいよ悪名高いユダヤ人狩りの始まったその時期。ソハは仕事柄、網の目のようにポーランドの地下を巡る地下水道を知り尽くしていたため、そこに盗品を隠しながら日々の生活を持ちこたえていた。そこでユダヤ人が自宅の床に穴を開け、地下に通じる道を作ろうとしていたのを目撃する。通報しないという口止め料の代わりにユダヤ人との交渉を成立。お互い、いつ寝首をかいて相手を裏切って殺し合いになってもおかしくない状況ではあった。
ユダヤ人達を助けたソハを、決して人道的な義侠心に満ちた立派な人として描いていないところが、リアリティがあって納得がいく。まずはお金のためであり、粗野でシンプルな人物として描かれている。戦時中であり、誰もが自分で自分とその家族を助けるので精一杯、そんな中にあって何故、ソハは結果的に彼らを見捨てず、むしろ自分の命を危険にさらしてまで助けたか。特別熱心な信心深い人でもない。むしろ彼の妻の方が信心深く描かれている。
宗教と人間愛が、巧妙に隠されて描いているところが、この作品の一番見事なところだ。ソハは自分が一番可愛いし、粗野にしか見えないけれども、人間らしい感情がきちんとある。本当にお金のためであれば、簡単に通報したはずだ。初めに自分で言っているように。「お金のためにわざわざ通報する人達もいるけれど、そんなの嫌よね」という妻の一言があるけれど、これは口に出さないソハの隠された心の中にある感情だ。これが本当に人間らしい感情だと思う。人間がお金のために人間を売らないこと。初めはむしろ、たったそれだけの線引だったのかもしれない。
助けるユダヤ人の口減らし(はじめ、地下水道に隠れたユダヤ人の数が多すぎた)をする時に、使徒の数12人ではなく、ユダを除いた数の11人とする。「キリストを売ったのはユダヤ人だが、キリストもユダヤ人だ」と妻に聞いて、「そうなのか?」と確認するソハ。でもこの件から手を引きたがる彼の同僚に、同じことを言ったりもする。そして、安全と思われた地下水道の隠れ場から、場所を変える時に、教会の地下を選んだりもする。
でも、狂信と人間愛を、別のものとして丁寧に分けてもいる。娘の聖体拝領の最中に、ユダヤ人たちを助けるため、抜け出すソハ。形式的なキリスト教の儀式より人の命を重んじることは、キリスト教徒でない自分には当然のことのように思えるけれども、信者にとってはそうした儀式が何より大事かもしれない。ソハはその後、娘の事故の際に娘を庇って命を落としたということだが、「ユダヤ人を助けたから、その罰が下った」という人も居たという。ナレーションで、「人は、宗教を使ってまで、人を罰したがる」と言わせている。
ソハは、宗教が先にあって、人間愛を従わせる人物ではなく、自分の生きる基準としてまず自分があり、宗教は脇にあって参照すべき事柄、のように描かれていると私は思った。立派な人であるからそうした、のではなく、人間が最後に持つ、当然の美徳としての人間愛。戦争が一切の物を奪っていっても、最後に残るもの。
※ストーリー・・・
1943年3月、ナチス占領下のポーランド。地下水道で働くソハは、下水処理と空き巣で妻子を養っていた。そんなある日、迷路のように入り組んだ地下に、逃げてきたユダヤ人たちを見つけたソハは、匿う代わりに彼らからお金を取る事にする。だが、下水の強烈な臭気の中、身を寄せ合いナチスに怯え、日に日にやつれていく彼らを見ているうちに、ソハは彼らに感情移入していくようになる。彼らはユダヤ人狩りを逃げ切る事ができるのか・・・
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コメント(2件)
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こんばんばん。またデザインが変わってる・・・ またテンプレが変わってる。マメですのう
ホランド監督はずっと実話題材で映画撮ってるのね。『太陽と月に背いて』ってディカプリオの濃厚なゲイ描写で話題になった映画だったけ
ラスト、一番ハッピーな場面で終わった後で流れるナレーションがショックだよね・・・ でもそこをあえて映像で見せなかったところに監督・脚本の優しさを感じました
SGA屋伍一さんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
そうなの。テンプレ変えると、もう大変で…。ブログも長くなると、ウェブデザインの新しい技術が使われるようになったりして、ついついそういうのが気になっちゃうのよね。
テンプレ変えるのは4年に一度にしよう、と思っていたのだけれど、気づいたら7年で4回めのテンプレ変更になってしまいました。
と言っても、前のライブドア時代に使っていたTOP画像を復活させたので、新しくなったけど古い部分も復活したと言えるんだ〜♪
そうそう、『太陽と月に背いて』は当時見たよ。
うん、あのナレーションで思わずうーむと唸ってしまう。鋭い一言だったよね!