78★ヴァンパイア
’11年、日本
監督・脚本・撮影・編集・プロデュース:岩井俊二
キャスト:ケヴィン・ゼガーズ、ケイシャ・キャッスル=ヒューズ、蒼井優、レイチェル・リー・クック、アデレイド・クレメンス、トレバー・モーガン
岩井俊二は相変わらず中二病なのだなあ。
全体に流れるどことなく物哀しいムードが、いかにも十代の頃患っていたような、軽い鬱っぽい気持ちに似ていた。あの頃の気持ちにさせられる。『リリイ・シュシュのすべて』を思い出させるような、あるいはよく似たまた別の物語。
ピアノの音が美しく、メランコリックな印象。『リリイ・シュシュ〜』同様、『ヴァンパイア』でもある自殺サイトが中心になってくる。『サイド バイ サイド』は、自殺志願者たちが集まるサイト。そこで出会って話をする主な手段が、顔出しのチャット。これはいかにも海外っぽい。
岩井俊二は、いよいよ海外に向けて作品を作ったのだろうな、と思われる。『リリィ・シュシュ〜』で日本に居る若者の気持ちを射抜いた、もしくは消えない爪あとを残したのと同様に、今度は海外で賞賛されてみたいと考えたのかも。まるで、ハネケが『ファニーゲーム』をドイツ語で作っただけでは飽きたらず、英語圏の人たちに向けて『ファニーゲーム U.S.A.』を作ったように。やっぱり英語でないと見ない人たちが大勢居るのだし、どんどん彼に続いて、日本の映画界も英語で作品を作るようになったらいいのにな。
以下、ネタバレで語ります**************************************************
主人公のサイモンは、見た目は極めて真面目な青年。だが、自殺志願者のサイトに出入りして、若い女性と出会っては、彼女たちが自殺するのを幇助する。彼は、人に害を与えることも、人を殺すつもりもなく、ただ人の血が必要になるだけだった。その内に、ヴァンパイアが居る、という噂が立ち始める。
サイモンはおそらくは、世界一消極的なヴァンパイアかもしれない。今の時代にあっては、「夜な夜な現れて、美女をその牙にかける!」というイメージはすでに古臭い。おそらく、世界で一番新しいヴァンパイアを描いたのがこの作品。でも、「ヴァンパイアは血を好む」という常識を覆すことはしていない。草食ではあるけれども、『トワイライト』シリーズと違い、そこだけは外せない。ましてやサイモンは、人を救う行動までする。狂言自殺的行動と思われるミナは救う。生きろという説教までして(ちょっと謎な感じの説教でw)。さらに、集団自殺を逃れたレディバードのことは、自殺幇助を途中でやめてもいる。その後ミナの献血まで行なって。彼が少しづつ変わり始めたのかもしれないと思わせる。
しかしもっと厳密に言えば、サイモンは本当のヴァンパイアではなかった。彼が血を飲むシーンは2つほどしかなく、冒頭のジェリーフィッシュの血の瓶は途中で吐き出し、2つ目はヒルに噛まれたレディバードの血を舐めるぐらい。ヴァンパイアというより、血そして“死”に取り憑かれた一人の男、という感じかな。
途中で、ヴァンパイアに憧れる男に出会って一緒にタクシーの客の女性を殺すけれども、彼は何もせず、その暴力的殺しとレイプをなじるぐらいだ。止めることはしないけれども、自分の仲間ではないとハッキリと境界線を引く。
ただ、これどうなのでしょう?海外ではウケるのだろうか。それが気になってしまう。私としては、死んでゆく女性たちの描き方が、とても物足りないところが気になった。レディバードでは初めて彼女の死にたい理由が描かれているけれど、その他の女性に関しては特に描かれていない。自殺志願者たちの話も、興味深いやり取りや会話は無く、彼らの生の重みや、死にたい気持ちが良く分からない。ただ皆、「綺麗に」死んでゆくのみ。
でも、死に取り憑かれる、という中二病的な思いはきっと世界共通だと思うので、そういう人には楽しいかも。ヴァンパイアは世界中どこにでも憧れる人は多いだろうし、サイモンのような行動を取ってみたい、という人がこっそり増えたりするのかな。
私は実は、それほど岩井俊二を見ていない。『undo』、『Love Letter』、『打ち上げ花火〜』、『PicNic』、『Fried Dragon Fish』、『スワロウテイル』、『リリイ・シュシュのすべて』ぐらい。実はほとんど初期ばかりなのですw。特にスワロウテイルまでは、全部追いかけて観てましたね。『スワロウテイル』を映画館で観て、何故かそれ以来見たくなくなった。『リリイ・シュシュ〜』を見たのは実はまだ去年の暮れぐらいのことなので、本当に『スワロウテイル』以来、見るのをやめてしまった、という感じ。スワロウテイルの何が気に入らなかった、という訳でもないのだけれど、「私には必要ない」のが分かってしまった。でも一番共感したのは『スワロウテイル』ではあるのだけれど。
話は変わるけれど、私はPCから長年縁遠くて、ほんの6年前にやり始めたぐらいなのです。遅いでしょ。その私にとって、『リリィ・シュシュ〜』は、「いかにもその頃インターネットをやっていた人たち」というイメージ。 ・・とにかく、インターネットの向こう側にある、行き場のない思い、人が普段心の中で思っていても口には出さない中二病的な感情。そうしたものを全て詰め込んだ映画、という印象が、私にとっての『リリイ・シュシュ〜』のイメージ。
今回は、そんな岩井俊二をとっくに卒業した私でも、「ヴァンパイア」と言われると我慢出来ずに、ついホイホイと網にかかってしまった(網野酸w)という。
※ストーリー・・・
サイモンは一見すると仕事熱心で、認知症を患う母を介護する真面目な高校教師。しかし、彼は若い女性の血を飲みたい欲求を抑えきれずにいた。そして、サイモンは自殺サイトを介して、自殺を志願する少女たちを誘い出し、何とか血を手に入れようとするが・・・
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コメント(6件)
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岩井俊二さんは実は苦手科目でして、たったの2作品しか観てないのに、本作は網にかかってしまいましたw
そうですねえ。。 もともと私、血が苦手なのもあって、これちょっと苦痛でした。
最後の所なんかはおっしゃる通り、中二病っぽかったけど。
rose_chocolatさんへ
こちらにもありがとうございます。
あー確かに、岩井俊二は、若い頃に影響を受けて見る人と、大人になってから見る人とで印象がだいぶ違いそうですよね。
私は初期はだいぶ彼にハマってました。今見ても『UNDO』とか『PicNic』とか『打ち上げ花火上から見るか下から見るか』なんて、面白いと思いますよ。
遅くなってしまいましたが、コメント&TBありがとうございました。
blogをやられている方は沢山いらっしゃるのですが、しっかりとコメントのやり取りが出来る方は少ないので、とても嬉しいです。
僕的には岩井俊二監督の映画は『リリィシュシュのすべて』ぐらいしか観ていないのですが、遺作に指定しただけあって全てが詰まっているように感じました。
他の映画は世間的に評価の高い映画は観ていないのですが、とても好きな映画です。
>『ヴァンパイア』
モンスターが出てくるのかな? と思っていたのでびっくりな展開でしたが、良く考えたら出る訳ないですよね。
監督のトークショウ付きで観たので色々な裏話を聞けたので、そちらの方が面白かったです(笑)
健太郎さんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
監督や作家の言う「遺作」や、俳優の言う「引退」、バンドマンの「解散」は、私としてはあんまり信じていません。
実際これまで、そう言って本当に遺作になったり、引退、解散した人は少ないですよね。
私は、表現者はそのようにして時々、自分の「死」をひけらかすことで、自分がこれまで持っていたことの全てを放出するキッカケになるのだと思っています。
擬似的な死を経験することによって、新しい自分になることが出来、新たな表現力を得ることが出来るのかもしれませんね。
非現実的な「ヴァンパイア」を描くのでなく、実際に居そうなヴァンパイアの姿を描いたのが良かったですよね。
知ってます?実際に、血を欲さないと生きていけない、という妄想を抱く人も世界に存在するらしいです。
本当なのか、妄想なのかは分かりませんが、そういう話を聞いたことがありますよ。
岩井俊二作品は余り観たことがないのですが
いつも、こういう風な作風なんですかね~^^
ワタシはこのひんやりとした空気感は結構好きです(笑)
この映画を観て『空気人形』を連想したのはワタシだけでしょうね(爆)
ところで、とらねこさん鑑賞ペースが凄いことになってますね!^^
Itukaさんへ
こんばんはー!コメントありがとうございました。
分かります!私も、この空気感が好きでした。
空気人形は特に思い出さなかったけどw、撮影から編集から脚本、監督まで、全部やってるんですよね。私はこういうタッチは結構好きでした。
いやあ、最近忙しくて見たもの全部は書けなかったんですが、もっと見てるんですよ。最近は頑張ってUpしてます(≧∇≦)