48★眠れぬ夜の仕事図鑑
’11年、オーストリア
原題:Abendland
監督: ニコラウス・ゲイハルター
編集: ウォルフガング・ヴィダーホーファー
リサーチ: マリア・アラモフスキー / ルーシー・アシュトン
『いのちの食べかた』は、ある種ドキュメンタリーの可能性を拡げたとも言える快作だった。何が革新的だったかといえば、ドキュメンタリーというジャンルに必ず与えられる「恣意性」に、思いもよらない雄弁な反論方法を与えたこと。それは「沈黙」だった。ナレーションで語らず、映像で語らせる。これが画期的だった。あまりに見事な作品に舌を巻いてしまう。映画がそれほど好きでもない、という人が居るなら私は、「では『いのちの食べかた』を見てみませんか?」と語りかけるのが習慣になったほどだ。
ニコラス・ゲイハルター監督作ということで、「今度はどんな驚きを与えてくれるんだろう」と相当に期待してしまう。相変わらず、切り取ったように見事な、カッチリとしたフレーム。丁寧な職人が作ったような安定感。
Night sift。人が動いていない時間に、自分が始動し始める。あの時に感じる、不思議な心持ちは何だろう。深夜や早朝の時間の動きは、平日の昼間のせわしない時間とまるで違う。人々の姿をあまり目にしない。まるで世界が止まったような静けさに満ちている。
前回のように、俯瞰的に世界を描き出し、物の見方すら変えてしまうような、世界観の構築はない。期待しすぎだっただろうか。しかし不思議なことに、興味深くフレームを見ることが出来る映画は、なんだかそれだけで喜びを感じてしまう。そうして気づけば時間が過ぎている。何故、この画が好きなのかは明確に分からない。でも、見ているだけでなんだか興味深い。
この作品は、近代にはなかった「夜の時間」に焦点を当てることで、現代の社会生活を営む我々に考えさせよう、ということを意図しているのだろう。けれど、大都会の東京に住む自分には、夜まで真っ暗にはならず、灯りがこうこうと灯っているのは当たり前のことで、そこで働く人達の姿も特に何の疑問も感じることなく過ぎ去ってしまった。夜黙々と働き続ける人たちの姿を見て、「見たことのないもの」と感じ入る瞬間が、残念ながらあまり無かった。そこで何かを感じるには、自分の意識があまりにもかけ離れてしまっているのかもしれない。疑問すら感じない自分がそこに居た。ただ彼らの働く姿を楽しんだだけ。近代以降の人間たちの暮らしていた「不自然な人間の営み」とはどうしても思えない。人間たちは次々と自分たちが入らなかった土地を開拓していき、開拓地が無くなって夜を開拓したのだ。そんな私にも、越境警備隊の姿は興味深かった。誰も居ない海を泳いで渡ってくる人たちが居ないかと常に夜の海を見ている人たち。尖閣諸島や竹島のことをボンヤリと考えた。
原題の「ABENDLAND」だけれど、「Guten Abend」と言ってこんばんは、の意味。つまり「ABENDLAND」は「夜の国」ぐらいの意味かな、と思いきや、このページ(→wikipedia :Abendland)を見るとどうやら違う。西の国(太陽の沈む国々)、「西洋の国々」の総称。なるほど、「夜の国」と「西洋諸国」を同時に示すダブルミーニングな言葉であった訳か。じゃあ、真夜中でも煌々と灯りのともるアジア、不夜城に住む私には、西洋諸国の観念が通じなくても仕方がないわ。フフ。
※ストーリー・・・
私達が眠った後も、様々な活動をしている人々がいる。ミュンヘンでは、オクトーバーフェストに熱狂する人々が、ロンドンでは監視カメラ映像で犯罪摘発に尽力するものがいる。カメラは、ヨーロッパ10か国の様々な夜の風景と、そこに生きる人々の姿を映し出す。
2012/08/22 | :ドキュメンタリー・実在人物 ニコラス・ゲイハルター
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コメント(2件)
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前作よりも映像が綺麗に見えたんですよね。夜に輝く人工の光ですらも美しい。
何の疑問も湧かないといえばそうかもしれないですね。日本では深夜業は最早当たり前ですから。。。
それでも、こんなに深夜業にはバリエーションがあるのかと改めて知ると共に、自分たちも支えられていること、そしてそのニーズが新たな職業を生み出すことに妙に感心した訳です。人間の欲望だのニーズだのが活動そのものを変化させて行くということですね。その意味でとても意義深い作品でした。無言でもこんなにいろいろと投げかけてくれる作品は見ごたえたっぷりです。
rose_chocolatさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
綺麗な映像でしたよね!カッチリとしたシンメトリーの映像で、見ていて安心感があります。前作の方がシンメトリー感は大きかったように感じたのですが、今作の方が美しさを感じました。
roseさんは随分と気に入られたようですね!私も結構気に入りました。ただ、疑問は全く抱かずに終わってしまいましたんですよネ・・。後から考えて「もしかしてこういうことだったのかな」と思った次第でして。「暗くなったら早めに寝る」みたいな文化に戻ることを期待するのは、もう無理だと思いますし・・。オーストリアの方は違うのかしらん。