35★別離
’11年、イラン
原題:Jodaeiye Nader az Simin
監督・脚本・製作: アスガー・ファルハディ
撮影: マームード・カラリ
キャスト:レイラ・ハタミ、ペイマン・モアディ、シャハブ・ホセイニ、サレー・バヤト、サリナ・ファルハディ
あまりの出来の良さに舌を巻いた。正直、この完璧な映画を、単なる印象評で書くのに気後れを感じて、なかなか手がつかずに居たぐらい。
twitterでこの映画について語ったことをキッカケに、「ベストに入りそうなこの映画を、無視する訳にはいかないよなあ」と。「映画が優秀過ぎて、劣等感を感じる」なんてonoderaさんと話していたけど、まさしくその通り!。映画があまりに素晴らしくて、文句のつけようがないんですよ。
この、複雑にこんがらがった人間関係を、ものの見事に絡めとっていく「見取り図」の完璧さに舌を巻いてしまう。複雑な何重もの立方体のよう。
どの人もどの人もちょっとづつ悪くて、なのに誰も根っからの悪人は居ない。そして、誰も、「完全に正しい」人は居ないという。知恵の輪をいつになっても解けないように、物事はこじれにこじれて、解決の糸口が全く付きそうにない。雪だるま式に大きく膨れ上がっていく、人と人との諍い。よく考えれば実に他愛もない「誰かと誰かの喧嘩」を、面白く見せてしまう。あまりに凄腕、天才過ぎる。
誰かと誰かの争い。こんな争いごとなんて、人間が集まれば日常茶飯事に、当然どこにでもありそうなものなのだ。もちろん、およそ新聞の三面記事にすら上りそうにない争い。そこに根底に流れるのは、基本通念としての社会的な問題もある。宗教上の違い、文化の違いもある。大きな戦争だって例えば、キッカケは単なる小さな考え方の違いかもしれない。人間が存在する限り、決して無くならない人間同士の揉めごと。
この物語で描かれている、一番最初の揉め事は、一つの「家族間の意見の相違」だった。これが離婚に繋がるところから描かれる。母親が居なくなってしまったため、召使を雇う。これが「一家庭内の」主人とメイドの争いに変わる。「主」と「従」、一見すればすぐにも力関係の強弱が見えそうなところにあったはずだが、これが「一家庭」と「一家庭」の争いごとに発展していく。すでにこの時点で、異なる人種間に見え隠れしそうな偏見を感じる。さらに、男女が決して飛び越えることの出来ない、元々生まれながらに持つ、性的な違いや、ジェンダーの違いもある。それから、当然ながら見えてくる、もう一つの家庭内の問題もある。
ミクロな「人間同士の諍い」に、マクロ「社会全体」を感じさせる手腕と来たら。警察が介入したその時点でも、一向に解決へと向かわず、むしろより問題が大きくなっている。相手の家庭内の夫婦間でもコンセンサスが取れていないし、学校の先生と生徒間の微妙な力関係も入ってきてより複雑さを見せる。さらに問題の位相が変わるのは、「真実を知ってしまった娘」と父親の間の感情の揺れ動き。先ほど「多面立面体」と言ったけれど、万華鏡のようにその様がどんどん変化していくのだった。
でも一番凄いのは、面白さでグイグイ引っ張り、決して退屈させないところ。
見た人とこの物語について、「誰に共感するか」、「自分は誰に近いか」を語り合ったら、もしかしてその人と喧嘩になるかもしれない。そんなことを感じさせるところが、また面白い。普段は似た意見を持つ、男と女同士でも、随分と意見が違ったりして。
2012/07/06 | :とらねこ’s favorite, :ヒューマンドラマ アスガー・ファハルディ, イラン映画
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コメント(6件)
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おっしゃる通り、ここまでにっちもさっちもいかなくさせるなんて、出来が良すぎますねー。
上半期ベストに入れました。年間でも行きそうかな?
rose_chocolatさんへ
こんにちは。コメントありがとうございます。
出色の出来でした!ゆうべ「彼女が消えた浜辺」を見たんですが、これも面白かったですー。
上半期ベストに入った、って気持ちわかりますー。上半期、下半期はうちは昔からやらないのですが。
書かれたんですね。
やはりこの映画の最もすごいところは、脚本の多面的な面白さですね。我々がこれを衝撃的に感じるというのは、よくシナリオ講座とかで言われるようなスタンダードな脚本作りとは、根本的に違う方法が取られていそうです。といっても、想像もつかないのですが…。撮影が凝っていたり、特別な題材を扱っていないのに、脚本をここまで練ってしまえば相当面白くなるっていうのは、邦画のクリエイターがとくに教材にするべきなのかもしれません。
k.onoderaさん
おはようございます。コメントありがとうございます!
Twitterではお世話になってます。いつもonoderaさんのTweetは興味深くて、流れてゆかずに一度立ち止まって「ふーむ」って、ちゃんと読ませていただいております♪
おっしゃるとおり、脚本の出来の圧倒的な面白さで、グイグイ引っ張る稀有な作品でした。完璧すぎですよねー。
全世界共通、どこの国でもここから学ぶことが出来そうです。
脚本講座ではレベルが高すぎて、何から学んで良いのか、どこから手をつけるべきなのか、分からないほどかもしれません。邦画にはなかなかこんなものがありませんし、是非爪の垢を煎じていただいて欲しいですよねー。
これを題材にした講義だったら、すごい実り豊かなものになりそうですね!