19★アリラン
’11年、韓国
原題:Arirang
監督・脚本・撮影・編集・音響・美術: キム・ギドク
キャスト: キム・ギドク
「今回ばかりは、見なくていいや」と思っていたのに。『ニーチェの馬』を見に行ったところ、劇場を間違えてキム・ギドクの新作映画を、初日に見るハメになってしまいました。なんだろうね、これ。今まで劇場を間違えたことなんて無いのに!
キム・ギドクの一人ドキュメンタリー。まるで仙人のように山ごもりをして誰とも関わらず、一人自分に向き合うキム・ギドク。対話相手は誰も居ないので、文字通りもう一人の自分。影の自分が答え、もう一人の自分に向かって対話形式で語る。
映画を撮りたい気持ちはあれど、上手く形にならない。人に裏切られ悔しい思いをしたこと、前作『悲夢』で起こった、忘れられなくなった事故・・。これまで100m走をひた走りに走るように、15年間がむしゃらに撮り続けて来た、監督としての自分。
気づいたら映画は始まっていた。初めは『アリラン』の予告だと思っていた。今回の予告は今まで見たものとバージョンと違うのか、随分静かだな・・。「自分は見たくないけど、この映画をもし見たら、自分は何を思うのだろう。」そんなことをボンヤリ考え始めていた。そしたらいつの間にか時間が経って、すでに物語は始まってしまっていた。それからハッと気がついて、「これ、劇場間違えたんだ」とようやく思い至った。そう言えば、イメージフォーラムの店員さんが、劇場の場所を言わなかったな。店員さんは最近入った人のようだった。それにしても、いつもは間違えないのに。
ま、いいか。どうせ『ニーチェの馬』は始まってしまっていることだろうし、こんなに時間が経ってしまったらもう見る気にはなれないから、この作品を見るしかない。こんなに空いてることだし、もうしょうがないから付き合ってあげよう・・。
見ながら、何故自分はあれほどキム・ギドクにハマったのだろう?キム・ギドクを見る理由は何だろう?と考え始めていた。この映画にはその答えがあるような気がする。映画を撮れないキム・ギドクなど、本当なら見たくなかったのに。ファンが、そして監督自らが、一番見たくないキム・ギドクの姿がここにいるのかもしれない。こんな前代未聞のしょうもない映画を撮ってしまったキム・ギドク。本当は、馬鹿だなあと思う。こんな姿なんて見たくない。こんな姿を晒すなんて、本当にどうしようもない。純粋すぎる・・・。
自分にとって、一番感動した『春夏秋冬、そして春』の最後のシーンを見ながら涙を流すキム・ギドク。キム・ギドクは燃え尽きてしまった自分を晒し者にする。痛すぎる。相変わらず。
キム・ギドクの描く登場人物たちが、不器用に生きている姿を見るのが好きだった。生きているのが苦しくてどうしようもない時だった。たくさんのどうでもいい映画にまじって、彼らだけが真実味を帯びていた。彼らがとても懐かしく感じる。しばらく会っていないな・・。思い出しさえすれば、すぐそこに居るのに。
懐かしいのは、その頃の自分だったりもする。他の全てのことがもう何もかもどうでも良くなって、映画にだけ没頭していた自分。
キム・ギドクの映画の感想を、皆それぞれが好き勝手なことを書いているところも好きだった。映画を「評論する」ではなしに、自分がその映画とどう繋がっていったか。それを抜きに語れないような、そんな不思議なキム・ギドク映画だった。
キム・ギドクが自分の作品のチラシを、打ちっぱなしのコンクリートに並べるシーンがある。あそこがまるでユーロスペースのように見えた。ただ似ているだけだろうか。コンクリートのあの壁の感じが?なんだかそのせいで余計、不思議な気持ちになる。私はほとんどのキム・ギドクの過去作品を、ユーロスペースで見たから。なんだか、考えがまとまらない。
キム・ギドクのアリランの歌は、やっぱり素晴らしい。一番人に見せたくないものがこの映画だったのかもしれない。それでも、アリランの歌は不思議と心に沁み入る。
※ストーリー・・・
前作『悲夢』撮影中に起こったトラブルが原因で、キム・ギドクは映画を撮れなくなり、田舎にある小さな小屋で孤独に暮らしていた。映画を撮りたいのに撮れない日々。彼はカメラに向かって自らの心のうちを語り始める。すると、もうひとりのギドクが現われ・・・。
2012/03/30 | :ドキュメンタリー・実在人物 キム・ギドク
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コメント(7件)
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ギドク映画は、いまだに「弓」しか見ていないのですが、ほかの作品も面白いんじゃないかなという興味はあります。
映画を撮れなくなったというのを映画にするあたりが、なんとも、くせ者ですよね!
しかも、ひとりで作った?
「ニーチェの馬」も、なんだか、すごそう。
ボーさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
へえ、ボーさんはギドクはそんなに興味がおありではなかったのですね。
確かに、好き嫌いある監督ですもんね。日本では評価が高いですけど。
本当、曲者ですよ!映画を撮れないっていう映画なんですもんね。ゆうべシネフィルさんにお会いしたのですが(どの監督でも劇場未公開作品を全て特集上映や映画祭で見ているレベル)、彼がギドク好きでうれしくなってしまいました!
ニーチェの馬は、とても変わった強烈な作品でしたよ。
とらねこさん、お久しぶりです。
自分もこの映画は当初、スルー予定でした。
ギドクが劇場でアリランを熱唱する動画をみて
「やめてくれよ」
と思ったもので(笑)
こんな変種の構ってちゃん映画は
よほど自意識過剰な人じゃないと撮れません。
フツーの人が撮ったら目も当てられない出来になるところを
ちゃんと映画として成り立っているところがすごいな、と。
最近の「ブレス」や「悲夢」よりずっと面白かったです。
ギドクの映画は物語設定を聞いただけで
「わ、うさんくせえ~、今回はパス」
毎回思うんですがそれでも観てしまう。
困ったものです(笑)
moviepadさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
私も初めは、この作品はやめとこうと思ってたんですよ〜。
本当、構ってちゃん映画ですよね。これを面白く感じさせるところがまた不思議な人だなあと思います・・。
いやあ、今後は改めてまたキム・ギドクを追いたいと思いました。こんな、絶対つまらない作品で、結構良かったので・・。
ですが、この先の作品は面白くなるんでしょうか?ウィレム・デフォーが出るとか言う試みは大丈夫なんだろうか・・。不安ですw
とらねこさん、こんにちは!
今更ですが、見ました^^
とらねこさんの映画の感想は、当時のご自分の状態とかと、深く繋がっているんですね・・・。
解りますよ~。
私も映画だけじゃなくて、音楽(当時聞いていた曲とかね)とかも、結構そういう事あるので・・・。
latifaさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
あ、そうですね、キム・ギドク映画の感想に関しては、自分の気持ちと繋がってる感想になってる気がします。
最近はなるべく映画から外れた、関係無いことやプライベートなことについては書かないことにしようと思ってるんですけどね。でも自分が読んでいて面白いものや、印象に残るものは、その人個人の体験だったり、その人ならではの感想の方が多い気がします。
latifaさんはどうですかー。