4★デビルズ・ダブル ある影武者の物語
’11年、ベルギー
原題:the Devil’s Double
監督: リー・タマホリ
原作: ラティフ・ヤヒア
脚本: マイケル・トーマス
撮影: サム・マッカーディ
キャスト: ドミニク・クーパー、リュディビーヌ・サニエ
「これ面白そうだよね?」とRoseさんに言われ、「でも、リー・タマホリですよ」と答えた約2週間後に、ノラネコさんに「これ面白そうですよね!」と言ってみたら「でも、リー・タマホリですよ」と返答されてしまった。
ラストの展開を見て、てっきりアメリカが作ったのかと思っていたんですね。ところが後から調べ、「決してアメリカが関与しないように作っていた」などと知り、へえ〜、と驚いた。それも、ウダイ・フセインの影武者をやらされた本人であり、原作者でもあるラティフ・ヤヒア氏自身の希望だったそうで。(参照サイト:映画.com | ウダイ・フセインの“影武者”が「デビルズ・ダブル」を語る)
史実を元にしているということでとても興味を惹かれた。見所は、一人二役を見事に演じ分ける、ドミニク・クーパーの演技。この一点だった。物語は、見ていて決して退屈をすることはないのだけれど、ただもう少し表現力があれば、と残念に思う。いや、あるいは、原作者が本人である“からこそ”(そして原作者の手が映画製作に携わっているからこそ)、面白くならないのかもしれない。たとえば本人を描いた物語として、『ソーシャル・ネットワーク』のあの力強い表現力と比べてみれば、すぐに分かることでもある。(私は本人の書いた自叙伝を評価しないけれど、それと同じ理由からだ。)
自分の親近者を盾に取り、影武者を強引にやらせる、現・権力者で独裁者、サダム・フセインの息子・ウダイ。失踪したように見せかけられるなど、自分の存在を全て消され、さらに極悪非道なウダイの影武者をやらされるとは、殺されるよりよほど酷いことであっただろう。本人の証言を元にしているとは言え、物語を見せる上でより面白さや醍醐味を味わわせることは出来たはず。そう思うと、残念ながら素材を上手に調理出来ていたとは思えない。勿体なさが、どうもあちこちで目についてしまう。
例えば、意に沿わぬ影武者をやらされてはいるけれど、ラティフ氏が影武者をやることで、もしかしたら世界を変えることも出来た可能性。何を考えているか分からない独裁者の息子ではあるけれど、だからこそ観客も気になる、ウダイが内に抱えていたであろう内面性。内面性と言うことであれば、ラティフ氏の感情もあまり描けていたようには見えない。また、なんだかんだ言って、ウダイは何故かラティフを気に入っていたようだった。彼だけは殺さないようにしていた。そうした辺りから、もう少しウダイの内面も描けていたら面白かったかもしれない。ただ、残虐であるだけが強調されているのみであるので、物語自体が平板に思えてしまう。
以下、完全ネタバレで話します:::::::::::::::
ウダイが一番気に入っていた、リュディヴィーヌ・サニエ演じる情婦サラブとラティフは恋仲に陥ってしまう。が、ウダイの側近であった周りにその行動は筒抜けであった。この辺の彼の行動も、描きようによってはもう少し盛り上がったかもしれない。最後にウダイを暗殺しようとして、それが失敗に終わる。その時、ラティフ氏の逃避先がバレたのも、実はウダイを心底憎んでいるはずのサラブが通報したからだった。彼女自身の心を裏切る、ウダイへの忠誠心が、一体どこから来たのか。彼女が愛していたはずのラティフを何故裏切ることになったのか。この辺りの複雑さは、きちんと描けていればもっと面白く深みが出たかもしれない。
もっと言うなら、最後の計画的犯罪でウダイに話しかけられる女子学生、彼女がこの計画的犯罪の一部なのか、そうでないのかすらきちんと描けていなかったいたため、見ている観客は少し混乱してしまう。
最後の暗殺に失敗したのは、ウダイにナンパされ、連れて行かれようとしていた、女子学生の邪魔によるものであった。ウダイは最悪の人間でありながら、もしかしたら何処か女に好かれる部分があったのかもしれない。しかしいずれにせよ、ウダイの魅力や人間性を少しも認めないように描かれているがために、物語の面白みや深みも半減してしまっているのだった。原作者が本人であり、当人のアドバイスを得ているということで、逆に物語の良さやヴァイブレーションを失ってしまう。とても勿体無い見本である。
※ストーリー・・・
サダム・フセインの長男ウダイに顔が似ているという理由で、その影武者に選ばれたラティフ。彼は莫大な資産と権力を手にし、狂気じみた言動を繰り返すウダイに寄り添うはめに。あらゆる自由を剥奪されたラティフは、想像を絶する運命を辿っていき・・
2012/01/23 | :ドキュメンタリー・実在人物 ドミニク・クーパー, ベルギー映画, リュディヴィーヌ・サニエ, リー・タマホリ
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コメント(10件)
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こんばんは。とらねこさん。
この映画、面白い題材なのにもったいないですよね。
私も、サラブが裏切る場面、唐突でただ、ウダイが怖いからそうしたのか?でも違うような…?とひっかかっていました。もっと、その辺りの心理や背景を描いていたらなぁ、と。
女子学生の件や、ウダイにそれだけ気に入られたラティフとの日々の中で、ウダイの魅力を感じられる部分がなかったとは思えなくて、長い支配の中、亡命している環境では、ウダイとの日々を全否定しか出来なかったのかな?とも思ったのですが、何にしても、あれだけ演技がうまい俳優が演じているのだから、もっと良い映画に出来そうでしたよね。
ふみかさんへ
こんにちは~♪コメントありがとうございました。
うん、ちょっともったいないんですよね。そうそう、サラブが裏切る場面については、やっぱりちょっと引っかかりを感じてしまいました。一緒に逃げておきながら、後から裏切ると、最初から裏切るよりよっぽどひどいっていう。彼女の場合は、思慮の足りなさからいろいろな行動を起こしちゃってるんですよね。悪気がなくてやっているようなところが余計、罪作り?
そうなんですよね。ウダイは実際にひどい人だったんだろうな、とは思うんですが、ただそれだけの描写になっちゃってましたね。ドミニク・クーパーの演じ分けが本当に良かっただけに、余計もったいなく思ってしまいましたよね。
>女子学生の邪魔によるものであった。そうでしたっけ? 何かあの場面すごく急に始まったので、じっくり考えられなかったかなーと。言われてみればそうかもなという感じですね。
しかしながらそれまで出てきた女性たちが、ウダイに拉致られてものすごく拒否していたか、あるいは金目当ての女性か、あるいは命惜しさに服従していたかのどれかだったので、あの女子学生の中にだけウダイに惹かれるような眼差しを置くのは結構違和感ありましたね。 取ってつけたような感じと思われても仕方ないのかも。
rose_chocolatさんへ
こんばんは~♪コメントありがとうございました。
ラティフが暗殺に行った時に、女子学生が、ウダイに向けられた銃口を最後の最後で他に向けてしまったんですよね。あのために暗殺がダメになってしまいましたね。
あの女子学生の描き方は戸惑ってしまいましたよね。味方なのか、ただの通行人なのか、どっちなんだろう?なんて思いながら見てしまったんですが、ああやっぱりただの通行人だったのかな、もやもや・・ってww。あれだけ悪名の高いウダイを庇いたくなってしまったのは何故なのか、理由は呈示されていませんでしたし。
rose_chocolatさんへ
こんばんは~♪コメントありがとうございました。
ラティフが暗殺に行った時に、女子学生が、ウダイに向けられた銃口を最後の最後で他に向けてしまったんですよね。あのために暗殺がダメになってしまいましたね。
あの女子学生の描き方は戸惑ってしまいましたよね。味方なのか、ただの通行人なのか、どっちなんだろう?なんて思いながら見てしまったんですが、ああやっぱりただの通行人だったのかな、もやもや・・ってww。あれだけ悪名の高いウダイを庇いたくなってしまったのは何故なのか、理由は呈示されていませんでしたし。
こんばんわ♪ 先日はありがとうございました!
おいしい食事と、映画トーク! とっても楽しかったです♪
完全なエンタメ作品という仕上がりでしたね・・・
原作者ご本人がアメリカ製作を避けたとのことですが、
この仕上がり自体はOKなのでしょうか・・・?
イヤ、全くダメなわけではないのですが・・・(笑)
Maru♪さんへ
こんばんは~♪コメントありがとうございました。
映画の後の飲み会、楽しかったですねー^^* ちょうど新年会みたいな感じで。ぜひぜひ、またいつでも機会があったらやりたいです♪
社会派映画ではなくおそらくエンタメだろうなーとは想像はついてたんですけど、ちょっと物足りなかったですね。確かに、楽しんで見れるところがありましたよね、その分勿体無く感じちゃいました。