トリシュナ #74
’11年、イギリス
原題:Trishna
監督/脚本 : マイケル・ウィンターボトム
プロデューサー : マイケル・ウィンターボトム、メリッサ・パーメンター
エグゼクティブ・プロデューサー : アンドリュー・イートン
撮影監督 : マルセル・ザイスキンド
作曲 : 梅林 茂
キャスト:フリーダ・ピント、リズ・アーメッド
女性の生き方の物語。トマス・ハーディの『テス』を原作にし、舞台をインドに移している。オリジナリティ溢れる大胆な作劇が新鮮。まるで純文学のように、終わった後も衝撃が心の中に残った。
物語の半分は、玉の輿に乗る女性の物語。イギリス出身の富豪の若者ジェイに出会い、彼から熱烈に求められるトリシュナ。子だくさんの自分の家庭の負担を減らすため、イギリスの若者が用意してくれたホテルで働き始める。だが物語の後半は、思ってもみない展開へと、二人の関係性が変貌していく。
面白いのはラストの部分をどう見るかで、見た人それぞれの感想が変わってきそうだ。これが絶対的に正しい解釈、というものを施すことが難しそうでもある。女性の自立の難しさというテーマも含んでいる。
私から見ると、トリシュナはとても愛され上手な人だなあと思った。求められた愛を返しはするけれども、彼女が本当に何を欲しているかはヴェールに包まれたままだ。家族思いの彼女は、おそらくは彼女の心は永遠に家族と共にあり、それが自然であるからこそ、どの道を行くべきか、彼女にとってハッキリしている。
ラストの衝撃はまるでギリシャ悲劇のようだ。唐突であるというよりも、彼女にとってそうした行動を取るしかなかったのだ、ということを後から考えて初めて、彼女の気持ちを推し量ることが出来る。
ここからネタバレ:::::::::::::
こ
か
ら
ネ
タ
バ
レ
トリシュナは身ごもってしまったことで、一旦はジェイの傍を離れることを決めるが、彼女を追いかけて来たジェイのため、再び一緒に過ごすことになる。都会のムンバイで若者同士住んでいる時は、さほど感じなかった二人の身分の差も、彼の別のホテルで再び働き始めることになると、関係性が変わってしまう。
「昔ここに住んでいた王族は、3種類の女を抱くことができた。自分の妻と、メイドと、高級娼婦だ。だが君は、そのどれにも当てはまるな。」などと言うジェイの傲慢さが、ラストの悲劇を導いた、と私は思う。彼女より高い身分であることを、彼は楽しんでいたのだろう。自分が心から慕い愛する彼女の雇用主であることはおそらく楽しかっただろう。そして、彼女が自分専用のメイドであるかのように振る舞うのも、きっと気持ちのいいことだっただろう。彼女が働いている服装、いわゆるパブリックでの彼女の姿そのままで、仕事中にその制服を脱がすのは、楽しかったんだろうなあ。
さらに男は調子に乗って、彼女を正式な妻にすることなく、性の奴隷のように扱い始める。もちろん、彼はそうすることが立場上出来た。彼女は生活の苦しい家族のために、彼のホテルで働いていたのであるし・・・。何も自分の要望を押し付けることなく、男の言うなりにしていた彼女は、彼に自分の全てを与えるつもりだったからなのだろう。
私はトークショーでマイケル・ウィンターボトム監督の話を聞くことが出来たのだが、ラストでトリシュナがジェイを刺し自分も自害してしまうことについて、このように監督は説明していた。古いインドの価値観を持つ彼女は、全てを彼に預けるつもりだったからこそ、彼に付き従うことを決めた。だが彼がそれに値しない男であったため、自分が生きる道も失ってしまったのだ。そんな説明だった。
なんだか純文学のように味わい深いのに、見ているだけで映像の美しさに釘付けになる素晴らしい作品だった。インドの美しさと貧しさ、今現在発展する様、田舎の古い価値観と都会の価値観とがぶつかる様。そんなものも感じられるところが本当に素晴らしい。これは絶対公開すべき作品だ!彼女の行動が理解出来ない人が多いかもしれないけれど、そうやって何度も考えることこそ映画の楽しみである、と、久しぶりに思わせられた良作だった。
※ストーリー・・・
マス・ハーディの古典小説「テス」を原作にした本作は、ひとりの女性の人生が愛と環境によって滅ぼされていく様を描く。現代のラジャスタンを舞台にしたこの物語でトリシュナ(フリーダ・ピント)は若く裕福なイギリス人ビジネスマンのジェイ(リズ・アーメッド)に出会う。彼は父親のホテルで仕事をするためインドにやってきた。トリシュナの父親のジープが事故で壊れた後、彼女はジェイのもとに就職し、ふたりは恋に落ちる。しかし、工業化や都市化、さらに教育の変化によって急速に変わる農村社会の矛盾したプレッシャーは、愛し合うふたりでも逃れることができない。トリシュナは彼女が受けた教育により抱いた夢や志と、伝統的な家庭生活との狭間で悩む・・・
2011/11/13 | :ヒューマンドラマ TIFF, イギリス映画, フリーダ・ピント, マイケル・ウィンターボトム
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コメント(2件)
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とらねこ嬢 ご無沙汰?しておりますLongislandだす。
トリシュナは多分同じ上映回に見てました、つうかTIFFではかなり接近遭遇していたみたいですね。
今年のコンペ作品では『最強の二人』『キツツキ』と並ぶくらい『トリシュナ』良かったんですが・・・映画検定仲間はみんな通俗すぎてNG作品と評価。
いつののことですが不肖Longislandの映画趣味&見識を疑われてました(涙
本作品を良作と評する同志を見つけ安心しました。
Longislandさんへ
こんばんは〜♪コメントありがとうございました。
ですね!ニアミスしてますよね。私は以前Longislandさんにお会いした時は、ベロベロに酔っていたので、例によってあまりよく覚えていないんですよね><。。すいません!Longislandさんの顔は、ブログで拝見しているのですが、なかなかTIFFではお会いできないですね。M月さんには私もお会いしましたよ・・。
この作品、Longislandさんの周りの映画マニアのお友達には、いまいち不評でしたか。・・確かに、女性の生き方を描いたものって、どこか通俗的、というレッテルを貼られてしまいがちかもしれませんね。私も昔はそうでしたから、よく分かります。『風と共に去りぬ』やフローベールの『ボヴァリー夫人』ですら、そんな風に思いました。でも、世俗的な女性を描いたから俗っぽい、という判断は浅いものだ、と、モーパッサンの『女の一生』を読んで考えを改めました。・・なーんちゃって、私のようにエログロもホラーも大好きな人に、見識がどうの・・などと、彼らは言われたくはないでしょうね(笑)!
『最強のふたり』はストーリーを読んでも面白そうですね!何となく画的に『潜水服は蝶の夢を見る』を思い出しました。『キツツキと雨』は、『南極料理人』が苦手だったのでDVDまで待つかもしれませんが、いつか見ます。