蜂蜜 #49
’10年、トルコ
原題:Bal
監督:セミフ・カプランオール
脚本:セミフ・カプランオール、オルチュン・コクサル
キャスト:ボラ・アルタシュ、エルダル・ベシクチオール、トゥリオン・オセン
ベルリン金熊賞、アカデミー外国語映画賞受賞の本作。「ユスフ三部作」の最後の作品。『卵』は’07年で大人のユスフ、『ミルク』は’08年で青年 のユスフ、というように、時間軸がちょうど逆転している。今ちょうど銀座テアトルシネマでは3部作を全て上映しているので、時間軸に沿って見たいと思ったら、これを逆に見ていけば良い。
まるで森林の中にいるかと錯覚してしまうような、静謐さを身体で感じる作品。虫の声、梢のそよぎ、風の音。ミツバチの羽音。そうした自然の音のみのBGM。木々の重ね合わさる森の緑も、余計な視覚効果は何もなく、ありのままの自然がそこにあるだけ。こんなにシンプルで、且つ贅沢な映像体験もない。
小さなユスフの気持ちに気持ちを重ね合わせて見ることが出来る本作は、リラックスしたまっさらな気持ちで、この世界に没頭することが出来た。勉強がそれほど得意でなく、読字障害(ディスレクシア)のユスフ。だが、そんなユスフにも、いつも父は優しかった。「言いたくないことがあるなら、小さな声で言ったらいいよ。」と囁くように話しかけるので、ユスフも囁くように父親と話し始めた。自信を失いかけた小さな子供の尊厳を、壊れやすいもののように大切にしてくれる父親の優しさ。その後もずっとこんな風に、父と囁きを交わすように話したのは、きっと嬉しかったからだろう。
養蜂と言っても普通のやり方とは違っていて、ユスフの住んでいるトルコの山奥では、蜂蜜を取るのに、自然の中に箱を仕掛けるだけという、手間暇のかかるもの。生活は一向に豊かにならない。父はある崖に巣箱を掛けに行って、そのまま行方不明になってしまう。母は哀しみにくれ、親子はスレ違う。苦手だった牛乳を飲んでも、こちらを見てくれない母。
ユスフの記憶の中で、父親の優しさと包みこむような自然の美しさは、まるで溶け合ったかのように、ずっと美しいままなのだろう。忘れられない優しい父の思い出。囁きと共にひっそりと思い出すのだろうか。
※ストーリー・・・
手つかずの自然に囲まれた山中で暮らす6歳の少年ユスフ。ある日、養蜂家の父が謎の失踪を遂げ、以来、彼は口がきけなくなってしまう。気丈に振る舞う母も、次第に悲しみに包まれてゆく。そんな母の身を案じつつ、やがてユスフはひとりで森の奥へと入り込み・・・
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