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ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ #26

’09年、イギリス、アメリカ
原題:Nowhere Boy
監督:サム・テイラー=ウッド
脚本:マット・グリーンハルシュ

 

アーロン・ジョンソン       : ジョン・レノン
クリスティン・スコット=トーマス : ミミ・スミス
アンヌ=マリー・ダフ       : ジュリア・レノン
トーマス・ブローディ=サングスター : ポール・マッカートニー
サム・ベル         : ジョージ・ハリスン
デヴィッド・スレルフォール : ジョージ叔父さん

 

ビートルズを扱った映画はこれまで数多くあれど、一つの物語として、ここまで出来の良い作品はそうはないのでは?立ち上がって喝采を送りたい気持ち。

何より気に入ってしまったところは、この物語がストレートに心を打つ青春物語であるところ。たとえビートルズが好きでない人や、音楽について全く興味の無い人が見たとしても、遜色なくこの物語の面白さは伝わるだろう。ジョン・レノンという「偉人」伝でも、ビートルズというバンドの成功物語でもない。さらに、ジョン・レノンが音楽に目覚めるより前から描いているところには、誰しもが驚いてしまうかも。

ジョン・レノンの出生に関しては、ファンでもなければ知らないであろう事実を、ここまでビビッドに紡ぎあげられるなんて。私自身、ビートルズの熱心なファンではないので、全く知らなかった話だ。二人の母親の間で揺れ動き、悩み苦しむジョン・レノン。複雑な家庭環境の中でスレ違い、傷つき苦悩した挙句に、それぞれの母親に与えられた愛情をちゃんと発見することの出来た、感受性豊かな一人の青年。

物語がフォーカスされていくのは、少し情愛に流されやすいお調子者で、でも豊かな心の持ち主であった産みの母親ジュリアに向けてである。きっと彼女に対してジョンは、彼女を亡くした後も、それどころか一生、深い愛情と後悔の念を抱き続けたに違いない。彼の思いは、心の底から共感出来るような丁寧な描かれ方をしていた。だからこそ、こうして物語を思い出しながらも、思わず涙が溢れてしまう。どんな人にとっても複雑な思いを抱く「母親」という存在を見事に描いたこと、これがこの作品を忘れられないものにしたことに成功している。

ジョン・レノンを偉人として描いていない。ここは徹底している。今や音楽の神のような扱いを受けているジョン・レノンが、エルビスに影響を受けた、ただの青年だった頃の話。勉強はあまり出来ない問題児。スクリーミング・”ジェイ”・ホーキンスの「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」の良さを一度聴いた時には分からず、産みの母ジュリアの反応を見たり、バンジョーを母親から習ったり。さらには、思いのほか嫌な奴として描いている部分すらある。常に周りから一目は置かれるけれど、傲慢で他人を振り回すワガママなところのある部分など。それから、ポール・マッカートニーに対してはきっと一目を置いていたに違いない描き方、などなど・・。

何より素晴らしいと思ったのは、初めてギターを手に入れ、それを部屋に飾るシーンだ。エルビスの影響を受けリーゼントで固めたジョンが、中古屋で母親に買ってもらったギターを、部屋に飾る。カメラはそのまま、ギターではなく満足してそれを眺めるジョンの表情を追いかける。まるで恋人を眺めるかのように、満足げに首をかしげて微笑むジョン。それからようやくギターを映す。こうしたさりげない1シーンを、まるで何でもないかのようにサラっと撮るところが素晴らしく冴えている。

これが初めて長編映画を撮った女性監督によるものだというのに驚いてしまう。元フォトグラファーという肩書きの監督の作品には、本当に良作が多いと思う。しかも、ここでジョンを演じている主人公、アーロン・ジョンソン(『キック・アス』とは全く違う姿!)は、婚約者だそうだ。彼の23歳年上でありながら。さらに、彼の子を宿しているというニュースを読んだ。何とも!・・・それにしても、今後も楽しみな映画監督がまた一人、増えた。

 

※ストーリー・・・
幼い頃から伯父と伯母に育てられていたジョン・レノンは、伯父の葬儀で本当の母親がすぐ近くに住んでいることをいとこから聞かされる。育ての母・ミミには内緒で実母を訪ねるようになったジョン。彼女からギターの弾き方を教わり音楽への興味が湧くが・・・

ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ@ぴあ映画生活

 

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コメント(3件)

  1. こばわ♪

    ボクも観ました
    自分もビートルズ・ファンではなくて(素晴らしい曲の数々はもちろん好きだけど)
    「PEACE BED アメリカVSジョン・レノン」の印象からビートルズの前の
    ジョン・レノンの物語かぁと思ってね

    複雑な関係ながら二人の母親をとても愛していたんだなーと見てました
    ややもすれば、生みの母親の方に感情がいきがちなんだけど

    三人で日向ぼっこしてるシーンがなんとなく好きです

    あと、楽器をやっていた身としてはポールとの出会いのシーンににやりとしちゃいます
    演奏を聴かして「どうだ!!」「こいつ、やるな」っていう感じが
    昔の自分とダブっちゃって(笑)
    こういう刺激が練習へと向かわせるんですなぁ

    丁寧な描き方とファン目線でない物語によい気分に浸れました
    監督、脚本、出演者含むスタッフ達の素晴らしいコラボに拍手

  2. サイ5150さんへ

    こんにちは〜♪この作品、サイさんもご覧になったんですね!
    私は最近になって名画座で見たのでした。
    『PEACE BED~』を思い出してくれるなんて嬉しい。これもすごくいいジョン・レノン映画で私大好きでした!

    そうなんですよね、産みの母親がすごく優しい一方、育ての母親はどこか冷淡な性格で。でも気づいてみると、二人の母親からものすごく愛されていたんだ、って思うんですよね。
    自分はすごく複雑な家庭環境で、それに対して悩んでいたジョンだったのに、どちらからもすごく愛されていたことに気づいて、愛している人を傷つけるのは間違っている、って思い至る。ここがすごく好きでした。

    3人で日向ぼっこしているシーンは、泣けましたよ。
    母親たちが姉妹二人で居るのを見て、邪魔しないようにすぐ帰ろうとするジョンを、ジュリアは呼び止めて、もっと話したいって言うんですよね。そしたら、それが彼女の最後の姿になる。
    この日向ぼっこのシーンは、この映画で一番幸せな瞬間として描かれていたと思います。

    ポールとのやりとり、私も大好きでしたー。ギターのコードをポールにこっそり教えてもらうんですよね。
    彼が年下でさらに才能があるから、どこか彼に遠慮していた部分があったんですよね。こういうのをきちんと描いているところが鋭いですよね。




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