夢の化石 今敏 全短篇
今敏が忘れられない人居ますか?私もその一人です。そんな人に朗報!今敏の全短篇集出ました。こちら、未公開作品含む、今敏の前短篇集。出てすぐにポチりました。その割に、住所変更してなくてなかなか届かず、UPが遅くなったけど。
短篇て私、結構好きなんです。小説でも漫画でも。あ、これね、漫画なんですよ。以前ここでも書いたけど、今敏って映画監督は、実はデビューは漫画家が先でその経歴が始まった、ってぐらい絵が上手。自分で絵コンテも書いてしまうぐらいだとか。そんな今敏の漫画が、デビュー作含め、ここで見れるので本当に「お宝本」なのでした。今敏に心惹かれたことが一度でもある方は、買って損はないっていう、「一家に一冊」本なのでした。
まず一番最初の『カーヴ』。これ、今敏が大学在学中にちばてつや賞を受賞しデビューした作品。まず、これがすごいインパクトのある作品で凄いの。SFモノです。この本全体として、『AKIRA』的な世界観を感じまくるのだけれど、中でもこのデビュー作は、頭一つ抜きん出てるし、たった31ページでありながら、最後の1ページで泣けるという、超力作です。ていうか、これ映画化して長編になったところが見たい!と思わせる。
『KIDNAPPERS』辺りも、今敏流のブラックさやあたたかさ、そしてテンポの良さを感じさせる秀作。改めて、今敏の偉大さを感じたよ。『東京ゴッドファーザーズ』に通じる作品。可笑しなタイミングで出会った人びとの、風変わりな物語展開。車泥棒が、誘拐された子供に出会い、車と一緒に子供も盗んでしまったからさあ大変!これだけで面白そう、って思えるでしょ!?
『お客様』なんかは、ゾワゾワ恐ろしさを感じさせる、幽霊の出まくるマンションの話。山岸凉子が好きな私には、ものの1,2ページでオチ読めてしまったけど、そんなことはどうだっていいのが恐怖話。
あと好きだったのは、『わいら』や『虜』辺り。とにかく、今敏は、映画と同様に濃くて、「これ映画で見たいなあ」としみじみ思うほど、世界観が確立されてる。流し読み、飛ばし読みが癖になってる人は、物語把握が追いつかないのではないかと。読み返す楽しみもあるということだけどね。
そして、何と言ってもオススメなのは、一番最後の平沢進のインタビュー!これは涙なしには読めないのだなー・・・。平沢進は、今敏映画で、夢のようなタッグを組んだ超・強力なインパクトを残す音楽を作ってくれた人。この人の言葉がまた、一つひとつが染み入るようで・・。ちょっとだけご紹介するね。
「たとえばすごいパラドキシカルなものとか、相反するもの、ある一つのものの二面性とか。何かのストーリー展開が、ある種、普通に論理的に考えると文脈的に繋がらなそうなものでも、夢の文脈として考えていくと理解できたりとか・・・。そんなふうに今さんは、常に物事の二面性を見ているんです。
通常、人はどちらかの一側面を見て、その輪郭を捉えるために文脈を作っていく。一方、別の側面にはもうひとつの文脈がある。この2つの文脈を合体させちゃうことによって、これは白なんだ、黒なんだ、という世界観を破壊しようとしているのではないかと。これは白でもあり黒でもある、というような言い方をしてしまうのは、あくまでも両方の文脈でしか語っていない。今さんは一回これをばらばらに壊して、そこから何か二面性が統合されたニュアンスを発掘しようとしているのではないかと思っているのです。」
どうですか?どんな映画評論もちょっと敵わないぐらい、今敏の世界観をズバリ示す素晴らしい言葉ではなくて?非論理的な今的世界観とその根底に流れる事象を、これほど上手く表現するなんて、と舌を巻いてしまう。
そして、平沢進による「今敏という一個の人間」に関する部分の記述には、もう思い出しただけで泣けてくるぐらいで・・。
「今さんが、寝たきりで話すことさえ苦痛の時期にお邪魔したんですね。私が帰ったあと「せっかく来てくれたのに楽しくお話できなくてすいませんでした」 と、言うわけですよ。病人の言うことじゃないですよ。~(中略)~私はそれに対して、「もっと病人らしくしてください」と。決して人に迷惑をかけない今 敏。どんな悲劇でも距離を置いて、ある意味冗談のネタにする今敏。これを死の直前までやっていたんですよ。・・・」
「ブログに掲載された、さようならの文章。あれをきっちり準備しているところが憎たらしいんですよね。一時期、驚異的な快復を示したことがあったんですよ。そうしたらすぐ仕事の体勢に入ってるんです。闘病しながら仕事が出来るように、環境を整えていくんですね。その一方で死ぬ準備をしている。病人が持つであろう感情をきちんと論理的にコントロールし、同時にどちらの準備もやっていたんです。
先程の「作品の二面性」とも通じる、今敏らしさがすごく出た死の間際だったんだな、ということが分かる文。今敏という人の喪失に、哀しいやら頼もしいやら、なんだか最後のプレゼントみたいじゃありませんか。すごい人だったな、と感じると余計に、寂しさが増してくる文だと思いませんか・・・。
- 今敏
- 講談社
- 1500円
2011/03/22 | 本
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コメント(2件)
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夢?ていうと
夢っていう
現世?ていうと
現世ていう
そうして訳分からなくなって
はっきりしてー!ていうと
はっきりしなくていんじゃね?ていう
あ、そこはこだまじゃないんだ(笑)
はい、今敏
さすが平沢師匠の洞察は深いですねー
今敏ワールドを、ヘーゲルの弁証法いうところの二項対立からアウフヘーベるんじゃなく脱構築で読み解くのか…すごいひざポン感あり!
それにしてもこのエントリ読むととらねこさまが『インセプション』しっくりこなかったのも分かるような気がします(笑)
あれは完全サブルーチンでリジットな入れ子構造だったからなぁ
薄皮一枚隔てた境界がメルトしてくような描写の『ウェイキングライフ』とかリープがもっと軽やかだった『パプリカ』とかの方が性に合うでしょ(笑)
自分はどちらかというと西欧合理主義村の住民なので…
色即是空 空即是色な世界観に出会うと「そこにシビれる!あこがれるゥ!」つってるディオの子分その1的ポジションかなぁ(笑)
みさま
こんにちは~♪コメントありがとうございました。返信が遅れてしまいまして、スイマセンでした。
何かにつけて忙しかったり、心が他のことでいっぱいだったりしてました。
二項対立ではなく脱構築ってなるほどー。さすがの理解力ですね!みさんがそう言えばただの変態大将なだけじゃなかったんだっけって、思い出しました(ぉぃ)
インセプと比べるの自体が、本当は違うんだろうなーとは思っていたりしますよ。だってインセプは夢じゃないですもん。あれただのパズルだから。パズルであり思考ゲームであって、決して夢ではない。入れ子構造のアイディア、リジットフレキシブル基盤な多層構造を人びとが受け入れ、それに喜ぶ気持ちはわかりますけれど。
うーん・・ちなみに私は、『ウェイキングライフ』を非合理とは思ってなかったりするんです。集合意識の集大成的だと思っていたりします。想像力が軽やかにリープする、分けわからないから喜んでいる、っていうのとは違うんですよね。むしろ錬金術的だと思っています。
『パプリカ』では言い尽くしましたので、ここでは控えますネ。