その街のこども 劇場版 #10
’10年、日本
監督:井上剛
脚本:渡辺あや
音楽:大友良英
主題歌:安部芙蓉美
森山未來 : 中田勇治
佐藤江梨子 : 大村美夏
津田寛治 : ゆっちの父
阪神・淡路大震災15年をテーマに、NHKで放送されたこのドラマは、見た人からの反響がすごく多かったとか。今回は新たなシーンを付け加えられ、異例の劇場版公開の運びになった。TV放送されたものは私は見ていないのだけれど、評判が良かった、というのも頷ける内容だった。
「震災を経験した、今を生きる若者のリアル」にこだわったのだという。ロードムービー形式であり、かつBoy meets Girlモノでもある。さらに、役者の本物の経験を織り混ぜた台詞もあったとか。これには驚いた。ドキュメンタリーのようなテイストを持たせたフィクション。その試みが面白い。
「Boy meets girl」モノ、と言っても、二人に恋が芽生える訳ではない。阪神・淡路大震災を経験し、十数年ぶりに故郷に帰って来たという共通点が二人にありながら、会話を交わす二人。お互いにどんな感情を抱いているのか、全体にそれを探りながら見るのもなかなかに面白くて。二人の距離は開いたまま、全く違う方向へ動いたかと思えば、少しづつ歩み寄りを見せてゆく。俳優二人が震災の実体験、「リアル」を語り合う居酒屋のシーンでは、何と波長の合わない二人だろう!というズレた会話。おそらくはもう二度と会うこともな さそうなまでに、決定的に空いたはずの二人の距離だったはずなのに。だが少しづつ自然に縮まっていく。あともう少し距離が縮まりそうで届かない、心地良い距離。最後には、それぞれ別の道をゆく二人が、自然に抱擁する。このさりげなさ!
震災に関するその体験が、今の彼らを形成していて、そのトラウマも根強く残っている。こうしたことを物語にするのはとても大事なことのように思え、じーんと胸を打った。やはり見て良かった。さらに中田くんについては、それがただのトラウマで済まされない事情がある。居酒屋のシーンでは彼の方が意固地に、かつ軽薄な態度に思えたものも、その屈折が故だ。今日の昼間に、彼が職場で起きた出来事を回想するシーンを挟むと、途端にこの作品がより深いものを内包しているのだと分かる。震災のために辛いトラウマ経験があるばかりでなく、実は職業柄、そこにこだわる理由が彼にはあったのだ。その分、より密接に震災の経験が関わっているとも言える。耐震強度の問題や建築ビジネスについて描くことは、あの震災を経験した彼らだけの問題でないと再認識させる。日本に住む私たち全員にとって、他人ごとでは到底済まされない問題であるのだから。
脚本を書いた渡辺あやさんの作品は、私はまだ『ジョゼと虎と魚たち』しか見たことがなかった。今後はこの人の作品を是非見てみたい、と思う。ちなみにこの方、’10年にTVドラマ、『火の魚』の脚本で、芸術賞大賞を受賞している、とのこと。
P.S.【本音を言えば】、普通だったら絶対、男はラブホテル行く?って言うよねあの状況。・・どうせなら、そう切り出すシーンがあって、それを交わすシーンがあったらもっと良かったのにナ。
※ストーリー・・・
’10年の1月16日、阪神・淡路大震災を経験し、十数年ぶりに神戸に降り立った勇治と美夏は偶然出会い、翌日に行われる“追悼のつどい“に参加するため に、ふたりは夜の街をさまよう。その中で、彼らは震災当時の辛い思い出と向き合っていき、やがて夜が明ける・・・
2011/02/04 | :ヒューマンドラマ
関連記事
-
-
『沈黙』 日本人の沼的心性とは相容れないロジカルさ
結論から言うと、あまりのめり込める作品ではなかった。 『沈黙』をアメリ...
記事を読む
-
-
『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』 アメリカ亜流派のレイドバック主義
80年代の映画を見るなら、私は断然アメリカ映画派だ。 日本の80年代の...
記事を読む
-
-
『湯を沸かすほどの熱い愛』 生の精算と最後に残るもの
一言で言えば、宮沢りえの存在感があってこそ成立する作品かもしれない。こ...
記事を読む
-
-
美容師にハマりストーカーに変身する主婦・常盤貴子 『だれかの木琴』
お気に入りの美容師を探すのって、私にとってはちょっぴり大事なことだった...
記事を読む
-
-
『日本のいちばん長い日』で終戦記念日を迎えた
今年も新文芸坐にて、反戦映画祭に行ってきた。 3年連続。 個人的に、終...
記事を読む
コメント(7件)
前の記事: 1月の評価別INDEX
次の記事: 未来少年コナン #11
こんばんは。
震災を扱った作品はフィクション・ノンフィクション色々ありましたが、これはちょっと新しい視点でした。
その街にいた子供たちの今に、震災の記憶はどう影響しているのか、考えてみれば体験した子供の数だけの物語があるはずなんですよね。
リアルな二人の主人公に、そっと寄り添うようなカメラの距離感が絶妙で、じんわりと心に残りました。
こんばんはー。
ほんの一夜を描いた映画ってすんごくいいですよねぇー。
たった一夜のこれだけの会話で、人となり、その過去が見えてくるというのがお見事。
決裂しちゃった後に気づくコインロッカーの件もおお、うまいなーと。
最初から意気投合したわけじゃなく、気まずくなったあと徐々に分かり合うという流れがイキでありました。
この二人は別段、好感度高いタイプじゃないのに、すっかりハマってしまいー。
とらねこさん、『メゾン・ド・ヒミコ』もご覧になってなかったですっけ?
私はあれがかなり気に入ってました。ジョゼ虎も好き。
ノラネコさんへ
おはようございます~♪コメントありがとうございました。
この作品、アイディアと目の付け所がすごく良かったですよね。
それぞれの人にとってあの震災の経験は心のどこかにまだ傷が残ってるはずですよね。
ついでながら、サトエリのバッグは確かに、お婆ちゃん家から出てきたその時に、手にしてなかったんですよ。確認しましたもん。
かえるさんへ
こんにちは~♪コメントありがとうございました。
お返事が遅くなってしまって、すみませんでした!旅行に行っておりました。
>たった一夜のこれだけの会話で、人となり、その過去が見えてくるというのがお見事
こういう会話劇を楽しむのっていいですよね!自分にとっては、映画の楽しみの一つだったりします。
『ビフォア~』みたいに、お互いがお互いを知りたくて、どんどん会話が弾んでいく、というのは見ていて胸が高鳴るものがありましたけど、
こっちは恋心というものが芽生えないんですもんね(笑)
見知らぬ二人の会話、っていうのがまた別の趣で。見ていて楽しかったです。
『メゾン・ド・ヒミコ』ずーっと前から見るリストに入ってはいたのですが、
途中でオダジョーに対する熱意が私の中で過ぎ去ってしまい、そのまま棚上げになっていました・・。
そうか、やはりこれマストなのですね。私もジョゼ虎好きでした!見たのは随分昔でしたよ。